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「祈る時には」~父なる神を信ず~




「祈る時には:父なる神を信ず」(ルカ11:1-2) 

天の父なる神さま。御名があがめられますように。神の国が来ますように。神の言葉に耳を傾けるこの時、どうか聖霊の助けの中で、私たちが心を開き、御言葉のうちにイエス・キリストと出会うことができますように。語る説教者の足らない部分も、どうか聖霊ご自身が補ってください。イエス・キリストのお名前によって祈ります。アーメン!

1.  祈るイエスさま
 1節前半  「さて、イエスはある場所で祈っておられた。」

 今日の箇所を読んで、最初に印象に残るのは、祈る主イエスの姿です。それは間違いなく、美しい姿であったろうと思います。
 世の中には、人の姿が美しく見える瞬間があります。例えば、仕事に打ち込む人の姿は美しいものです。また時を忘れて読書をする人の姿も美しい。また、愛を注いで子育てをしている母親、また父親の姿も美しい。そのように、持って生まれた顔かたちということではなく、人が美しく見える時があるのです。

 私は、今回の聖書箇所を通して思いました。信仰者にとって、神に祈る姿以上に美しいものがあるだろうかと。ちょうど、このすぐ前の1042節で、イエスさまは「必要なことは一つだけです」と言われました。その「一つのこと」が、そこに登場するマリアにとっては、御言葉に耳を傾けることだったわけです。その直後の11章ですから、イエスさまにとって「必要な一つのこと」は、神との祈りの時間であったのだと。何だか、そのように111節は、語っているようにも思えます。
 とにかく、イエスさまの祈る姿は美しかったのです。周りにいる弟子たちも、声をかけずに待っているのです。そう、彼らはじっと、イエスさまが祈り終えるのを待っていたのです。

 ルカ福音書は、祈りへの関心がひときわ高い福音書です。記者のルカは、他の福音書以上に祈る主イエスの姿を描いています。またルカは、イエスさまが祈った具体的な内容も時折、少しだけ垣間見させてくれる。例えば、十字架前夜にペテロが、イエスさまを三度「知らない」と言う場面があります。そんなペテロの弱さを知っていた主イエスは、ペテロの信仰がなくならないよう、あらかじめ執り成し祈っていたのです。そんな主の執り成しの祈りを書き留めているのも、このルカ福音書だけです。
 ルカが描く祈るイエスさまの周りには、しばしば弟子たちがいたことも記されます。イエスさまが祈る時には、よく弟子たちがそば近くにいた。ですから弟子たちは、そんな祈る主イエスの姿から、いつも何かを学んでいただろうと思います。

 それにしても、弟子たちがじっと、イエスさまが祈り終えるのを待っている。これは良い光景だと思いました。私にも似たような経験があります。若かった頃、私の四人の子どもたちの間には、一つの了解事項がありました。父親、つまり私が朝、祈っている時には、どんな用事があっても声をかけてはいけないという、了解事項です。それは、私の祈る姿が美しかったから、ということではありません。祈りを妨げられた父が不機嫌になるのを、恐れて遠慮したということだったと思います。外食の時など、食前の祈りをお店の人に妨げられると、露骨に嫌な顔をする、そんな私の姿を見ていたからだと思います。
 でも弟子たちは違ったと思います。弟子たちは、イエスさまの祈る姿に、聖なる気高いものを感じて、声をかけられなかったのだろうと思う。そして、祈るイエスさまを見つめる中、弟子たちは思いを固くしていくのです。「この方から、祈りを学びたい」と。「バプテスマのヨハネも、弟子たちに祈りを教えたそうだから、私たちも祈りの教師、イエスさまから学びたい」と、そんな思いを募らせていたのではなかったですか。
 弟子たちが、そうやって自分たちから、「教えてください」と願い出たということ。それはイエスさまが、本物の教師であったことの証しです。本物の教師は、そこにいるだけで、周りに「この方から学びたい」と思わせてしまう。この1節後半「私たちにも祈りを教えてください」との言葉には、学びたいと願う彼らの思いが溢れています。おそらく弟子たちは、日頃より、思いを募らせていたのでしょう。「この方から祈りを学びたい」と。

 こういう弟子たちの姿に触れ、私も心に留めておきたいと願いました。それは、祈りというものが、学ぶ価値のあるものだということです。祈りを学ぶことは素晴らしいこと。人は、祈ることにおいて成長すると、生き方が変わるのです。それが、イエスさまに似たものになっていくということです。そんな祈りの可能性を、確かに主イエスの後ろ姿は語っていました。

2.神を父と呼ぶ
2節前半 「そこでイエスは彼らに言われた。『祈るときには、こう言いなさい。』」

 弟子たちの求めに応じ、イエスさまが最初に教えたのは「父よ」との呼びかけでした。祈りの中で神に「父」と呼びかけていく。それは私たちには、当たり前のことかもしれません。しかし弟子たちにとって、これは間違いなく驚きであったのです。祈りの中で神を父と呼ぶこと。これは当時は、普通の呼びかけではなかったのです。

 少しだけ、祈りの歴史を振り返ります。伝統的な立場では、アブラハムが創世記12章で、神に声をかけられて旅に出たのが、紀元前2000年頃だと考えています。このアブラハムが、選びの民イスラエルの祖先です。それ以来、イエスさまの登場まで約2000年の間、イスラエルの信仰者たちは、神に祈り続けて来ました。その長い歴史の中で、神に向かい、「父」と呼び掛けた人がどれくらいいると思いますか。旧約聖書が記すところによると、神を「父」と呼んで実際に祈った人は、実は一人もいなかった。もちろん、神が信仰者にとって父であるという、そういう理解は旧約の頃からあるにはありました。でも、いざ祈ろうとすると、神を父と呼ぶ人はまずいなかった。躊躇や恐れ、あるいは自分の罪に気づいて怖気づいたのか。とにかく、神を近くに親しく感じて、「父よ」と祈る人は、2000年の間、一人もいなかった。この分厚い旧約聖書の中で、神に向かって「父」と祈った人は、ただの一人もいなかったのです。

 ですからイエスさまが、弟子たちに向かい、神を「父」と呼ぶことを教えた。これは驚くべき祈りであると同時に、大変な恵みであったのです。ルカ11章で、イエスさまが、この祈りを教えた時から、神を父と呼ぶことができるという、特別な恵みが始まっていくのです。ルカ11章は、祈りの歴史の大きな変わり目でした。

3.どうして「父」に祈れるのだろう
 神様に向かい、「父よ」「お父様」と呼びかけて始める祈り。それは元々は、イエスさまだけの祈りでした。神のひとり子で、罪のないイエスさま。イエスさまだけが、何の気がねもなく、「お父様」と呼んで、神に近づくことができたのです。ですから、私たちが「父なる神よ」と祈っていることは、実は大変なことです。イエスさまは神を父と呼ぶ、この特別な祈りを、私たちにシェアして、分けてくださったのでした。「あなたたちも『父よ』と祈っていいよ」と。

 この事がどれほどの恵みであるのか。私たちにはなかなか、イメージしにくいかもしれません。少しでもイメージできるように、私の思い出を語ろうと思います。
 私は子どもの頃、一つの願いがありました。父親とキャッチボールしてみたいということ。私にとっての夢でした。私の父は外洋の船乗りでしたので、年に数か月しか帰って来ないのです。ですから近所の友だちが、休みの日に父親とキャッチボールをしていると、羨ましくて仕方がなかった。でも友だちのお父さんですから、まさか、お父さんを貸したり、シェアしてくれるはずがない。

 でも、ここに、そのまさかが起こったのです。イエスさまは、ご自分の父を私たちに分かち合ってくださった。今朝の箇所でイエスさまは、実は、こう言っているのです。これからは、わたしの父をあなたと共有しよう。わたしの父に向かい、「お父さん」と祈ったらいい。それはまるで、「私の父とキャッチボールしたらいいよ」と言っているかのような、イエスさまの気前の良さであり、心の広さでした。
 でも、どうしてそんなことが可能なのでしょう。エデンの園を立ち退いて以来、私たち人間には罪があって、神に容易に近づくことはできなかったのです。それなのに、どうして神を父と呼べるのだろう。
 ここにイエスさまの恵みがあったのです!イエスさまはこう言っておられる。「あなたの罪は私が解決しよう。あなたの罪も、過去の重荷も、一切私が十字架に引き受けよう。だから恐れなく神に向かい、父と祈ったらいいのだよ」と。皆さん、キリストを信じる者が、神の子どもになるとは、そういうことです。それまでは、よそのお父さんと思っていたかもしれない。でもイエスさまを信じると、そのよそのお父さんとキャッチボールができる。いい球を投げれば、「ナイスボール」と頭をなでてもらえる。しかも、もう、そのお方は、「よそのお父さん」ではない。イエスさまのおかげで、「私たちの天のお父さま」になってくださったのです。このお父様は最高の父親です。それをイエスさまは私たちにシェアしてくださった。
 私たちが神の子どもとされた。これは素晴らしい恵みです。神に向かって「父」と祈れる。これこそは、イエスさまが私たちに譲ってくださった、神の子だけに許された特権です。

 マタイ福音書3章終わりにある、イエスさまの洗礼の場面を覚えておられますか。聖書の中でも、これは最も美しい場面の一つです。イエスさまがバプテスマのヨハネを通して洗礼を受けられるのです。すると、天が開けて、聖霊が鳩のようにイエスさまの上に降りました。そして天から、神の声が聞こえて来た。「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」。
 神様に向かい、「父よ」と祈る時に、実は私たち一人一人が、このイエスさまの場所に立って、この神の声を聞くのです。「五十三、これはわたしの愛する子、わたしは五十三を喜ぶ」。私たちは本来、神を父と呼ぶのに全く相応しくない者です。でも、心の広いイエスさまのおかげで、私たちは神を父と呼ぶようになる。すると祈りの中で、神はこう語りかけてくるのです。「齋藤千恵子、これはわたしの愛する子、わたしは千恵子を喜ぶ」。
(「どうぞ」と私が言いましたら、皆さんも自分の名前を入れてみてください。「天から声があり、こう告げた。(どうぞ!)『

これはわたしの愛する子、わたしは

を喜ぶ』)。

 どうか、心に留めてください。これこそが、神に向かい「父」と祈る時、私たちに開けていく祈りの世界です。イエスさまのおかげで、私たちはこの恵みをいただきました。旧約の時代には皆恐れて、このように祈る人は皆無であった。新約が新しいというのは、そういうことです。イエスさまが来られて、イエスさまのおかげで、私たちは初めて、神を父と親しく呼べるようになったのです。

 もう1つの主の祈り、つまりマタイ6章の教える主の祈りは、単に「父」ではなく、「私たちの父」と教えています。神の子どもとされた私たちが、この祈りを共有して集まり、共に生きる。それが神の家族である、この新船橋キリスト教会です。お祈りしましょう。

天の父なる神さま。あなたを「父」と呼べる、このかけがえのない恵みを感謝します。私たち神の子どもを、あなたが喜びとしてくださる。この祈りの交わりの中で私たちが共に成長できますように。聖霊に励まされ、日々、キリストに似ていく者となれますように。神を父と呼ぶ、この素晴らしい特権を分かち合ってくださった、心広い救い主、イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。

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