スキップしてメイン コンテンツに移動

毎日聖書を調べた(使徒の働き17:10~15)


「毎日聖書を調べた」

使徒の働き17:10~15

さて、私たちはパウロとシラス、テモテとルカによる第二伝道旅行から学んでいます。彼らはいつも4人で行動をしていたわけではなかったようです。パウロはどこに行っても迫害の標的にされてしまうので、短い期間で宣教地を転々としなくてはいけませんでした。ですから他の人たちは、生まれたばかりの教会の必要に合わせて、そこに残って、信徒を教え、訓練し、教会の基礎作りを手伝ったようです。

さて、こうして次の宣教地ベレアには、パウロとシラスが向かいしました。テサロニケの拠点、ヤソンの家にはもう泊まれたなくなってしまったので仕方がありません。夜の闇に紛れて出発し、テサロニケから60キロ離れたベレアに向かったのです。ベレアにもユダヤ人の会堂がありました。ですからパウロは懲りもせず、また会堂を拠点に説教をするという方法で、イエス・キリストの福音を宣べ伝えます。なぜユダヤ人にこだわるのでしょうか。またなぜ会堂にこだわるのでしょうか。なぜならユダヤ人は、何といっても選びの民だからです。ですから優先的に彼らに福音を宣べ伝えなければなりませんでした。けれどもそれだけではありません。ユダヤ人は旧約聖書を信じているわけですから、クリスチャンになるほんの手前まで来ているわけです。そして最後のただ一点、イスラエルがずっと待ち望んでいたメシアが、イエス・キリストである、そのことを受け入れれば、まるでドミノ倒しの最後のコマが倒れて全部ひっくり返るように、一人のクリスチャンが出来上がってしまうのです。

こうしてパウロはここでも会堂を拠点にして、旧約聖書の預言を引用しつつ、説明し、論証する方法をとりました。するとどうでしょう。テサロニケでは、ユダヤ人たちの「ある者たち」が信じた程度だったのですが、ここでは「多くのユダヤ人」(12節)が信じました。またテサロニケでは、「神を敬う大勢のギリシア人たち」「かなりの数の有力な婦人たち」が救われましたが、ここでも「ギリシアの貴婦人たち」、そして「男たちも少なからず信じた」とあります。そして、ベレアでも心を頑なにして信じないユダヤ人たちはいましたが、テサロニケのユダヤ人とは違って紳士で、ねたみに駆られて騒ぐこともなかったので、非常に順調に伝道が進みました。

さて、イエス・キリストを信じたベレアのユダヤ人たちのことがここに描かれています。彼らは、今までの宣教地で出会ったユダヤ人たちとは違っていました。彼らは「素直」だったとあります。この「素直」と訳されているギリシア語は、もともと「高貴な人」とか「身分の高い人」などと訳されることばです。ここの文脈に合わせるなら、「高尚な性向をもった人」「高潔な人」という意味となります。どんな人たちのことを意味しているのでしょうか。私は一つのエピソードを思い出しました。

私たち家族が台湾から引き揚げて来る少し前に、綠島に旅行に行きました。文字通り緑のきれいな小さな島でした。そこに"新生訓導処"というところがあってそこを訪れました。台湾は1949年から87年まで国民党軍が戒厳令をしいていたのですが、その間、白色テロと呼ばれる恐怖政治が続きました。白色というのはホワイトカラーのことです。多くの知識階級の人々が、思想犯の汚名を着せられて、この施設に収容されていました。中には牧師やクリスチャンたちもいました。新生訓導処は、そんな囚人たちの強制労働施設であり、再教育施設だったのです。多いときには2000人もの人々がそこに収監されていたといいます。面白いエピソードがあります。この施設を作る前、国民党軍は島の人に、今度ここに入ってくる人間は極悪人だから、一切接触を持たないように言って聞かせたようです。ですから島人はおっかなびっくりで彼らに近づかないようにしていました。しかししばらくすると、そこにいる人々が、今まで会ったことのないような紳士で、物腰が穏やかで、教養のある人々なのがわかってきました。そんな彼らと接するうちに、島の子どもたちの中には、 「ぼく大きくなったら、新生訓導処に入って、あのおじさんたちみたいになりたい!」などと言う子が出てくる始末です。それぐらい、そこに収監されていた人々は島人に尊敬されていたという話しです。譬えが長くなりましたが、ベレアのユダヤ人はこのように教養があり、物腰が穏やかで、偏見にとらわれず、パウロの言うことは果たしてその通りかどうか調べる心のゆとりがあったということではないかと想像できます。

そして彼らは「非常に熱心にみことばを受け入れ」たとあります。この「みことば」は旧約聖書というよりも「福音」と理解した方が良いようです。パウロが「私たちが待望していたメシアはこのお方なのだ」という福音を彼らは非常に熱心に受け入れたのです。つまり飢え渇きを持って、パウロの語る福音に食いついたのでしょう。

けれども、ただ無批判に福音を受け入れたわけではありません。彼らは「毎日聖書を調べ」ました。調べて納得ずくで受け入れたのです。この「調べた」の意味は、もともと「取り調べる」「問う」「裁く」「批判する」という意味です。パウロは講壇から、イエスがメシアであることの証拠として旧約聖書のいろんな個所を引っ張り出してくるのですが、人々は、そのたびに本当にそうなのかとその聖書箇所を開き、吟味したというのです。何だか楽しそうじゃないですか。聖書勉強会って楽しいのです。一人で聖書を読むのもいいですが、みんなで、ひざを突き合わせて、あーやこーや言いながら聖書研究をする楽しさをみなさんもぜひ味わってほしいと思います。

ところがそんな楽しい日々も束の間、テサロニケのユダヤ人たちがベレアにまでやって来て、群衆を扇動して騒ぎを起こしました。ここでもパウロたちが福音を宣べ伝えていると聞いたからです。自分たちのところから追い出すだけでは飽き足らず、60キロも離れたベレアまで来るとは!14節「そこで兄弟たちは、すぐにパウロを送り出して海岸まで行かせたが、シラスとテモテはベレアにとどまった。」またまたパウロだけ追われました。シラスとテモテは、生まれたばかりの教会の基礎作りのためでしょう、ベレアに留まりました。パウロ一人だけがアテネに向かったのです。さすがのパウロも一人は心細かったようで、15節を見ると、アテネまで送ってくれたべレアの兄弟たちに、シラスとテモテにできるだけ早くアテネに来るように伝えてくれと頼んでいます。 

さて、ここまでがベレアでの出来事ですが、私たちはこの個所から、ベレアの兄弟姉妹の「聖書を調べる」姿勢を学びたいと思います。

ベレアの兄弟姉妹たちは、パウロの話すことを無批判で鵜呑みにしたわけではありませんでした。ある意味「冷めた目」で、聖書に照らし合わせて吟味したのです。そして、確かにイエス・キリストは、イスラエルが待ち続けてきたメシアだと確信するに至りました。今、コロナ禍で、多くの人がインターネット上で聖書のメッセージを語っています。わたしも時々、ネット上で話題の説教者が語るメッセージを聞きます。中にはチャンネル登録者数1万人を越すようなYouTuber牧師がいます。確かに面白い、引きつけられます。しかし、中には「ん~、その聖書解釈はどうなんだろう」とか「いや、そんなこと断言してもいいの?」と思うようときもあります。私たちはどんな人気の説教者でも、話が面白くても、はたして聖書の通りかどうか吟味する必要があります。自分で聖書に向かう姿勢がとても大切なのです。でもある人は思うでしょう。私はそれほど聖書を知らない、どこをどう調べて吟味したらいいのかもわからない。でもいい方法があります。それは「教理」を学ぶことです。教理は、キリスト教会2000年の歴史の中で、多くの先人クリスチャンたちが聖書を読んで、それを体系的にまとめた言わば聖書のエキスです。ですから教理を学ぶ時、私たちは自然と見分ける目が養われるのです。簡単には「教えの風に吹きまわされない」クリスチャンになることができます。

聖書の主人公はイエス・キリストです。新約聖書だけではありません。旧約聖書から一貫して、イエス・キリストが主人公なのです。ヨハネの福音書5章39節で、イエスさまはこのように言っています。「あなたがたは、聖書の中に永遠のいのちがあると思って、聖書を調べています。その聖書は、わたしについて証ししているものです。」聖書は全体でイエス・キリストについて証ししているのです。ベレアの人々は、そこに目が開かれました。私たちも聖書を読む時には、イエス・キリストにフォーカスをあてて読みましょう。

ベレアの人々のように「みことばを受け入れ」「信じ」ましょう。ただ聖書の知識を蓄えても意味がありません。みことをばを受け入れ、信じるためには、聖霊の助けが必要です。私たちは聖霊の助けを求めつつ、聖書を読む必要があります。また自分の考えに固執してはいけません。柔軟な心で聖書を読みましょう。自分の考えや思いをサポートしてくれるようなみことばばかり探して、それを盾にして、自分を正当化してはいけません。聖霊に助けられて、柔らかな心で聖書を読む時に、私たちはみことばによって変えられていくのです。

私たち新船橋キリスト教会もベレアの教会のように、「非常に熱心にみことばを受け入れ、はたしてそのとおりかどうか、毎日聖書を調べ」る、そんな教会を目指したいものです。お祈りしましょう。


コメント

このブログの人気の投稿

いのちがけで逃げなさい(創世記19:1~38)

「いのちがけで逃げなさい!」 創世記 19 章 長い聖書朗読になりました。前半のソドムが滅ぼされるところと、後半のロトと娘たちの近親相姦の記事を分けて扱おうとも思いましたが、「いのち」と「滅び」について、神さまの御思いと、人間の思いの落差というカテゴリーでくくれると思い、一気に読むことにしました。 ソドムの町には、み使い二人だけで来たようです。アブラハムが天幕を張っていたヘブロンからソドムまでは、約60キロ。アブラハムのところには、「日の暑いころ」(18:1)に訪れていますから、その後ゆっくりアブラハムのおもてなしを受けたとしたら、夕暮れにソドムに着いたというのはあり得ないのですが、そこはみ使いですから、超自然現象だと理解したいと思います。 み使いたちが到着すると、ロトがソドムの門のところに座っていました。当時は、長老格の人たちが、町の広場や門のところに座り、民を裁いていたと言います。また後に、ソドムの人が、ロトを批判して「こいつはよそ者のくせに、さばきをするのか!」と批判していますので、ロトは、ソドムの町でも知恵と人格において一目おかれていたことをうかがい知ることができます。 またロトは、アブラハムといっしょにいたころの「神の民」として生き方や文化、習慣みたいなものも残っていました。そしてもちろん、堕落したソドムにあっても、創造主なる唯一の神を信じていました。旅人を見ると、アブラハムと同様、立ち上がって彼らを迎え、丁寧にお辞儀をして、「ご主人がた、どうか、このしもべの家に立ち寄り、足を洗って、お泊りください。」と申し出ています。み使いたちが、ソドムを訪れた目的は、神さまのもとに届いた、虐げられている者たちの叫びが本当かどうか見極めるということでしたから、「いや、私たちは広場に泊まろう」と答えたのですが、この町の治安の悪さを知っているからでしょうか、ロトは、「そんなこと言わないでぜひ!」としきりに勧めたので、み使いたちも折れて、ロトの家に泊まることにしました。 しかしその夜、事件は起こりました。ロトの家の周りに、町中の男たちが、若い者から年寄りまで集まって来きたのです。そしてロトの家を取り囲んで叫びます。「今夜おまえのところにやって来た、あの男たちはどこにいるのか。彼らをよく知りたいのだ!」この「知りたい」というのは、何も「お名前は?」「趣...

サラの死と埋葬(創世記23:1~20)

「サラの死と埋葬」 創世記12章1~20節   サラが天に召されました。127歳でした。今の私たちの感覚からすると非常に長寿ですが、アブラハムが召されたのは175歳ですから、それを思うと、当時としてはそれほど長寿だとも言えないかもしれません。聖書にはたくさんの女性が登場しますが、亡くなったときの年齢が記されているのは、なんとサラだけだそうです。このことからも、アブラハムだけでなく、サラも聖書の救いの歴史の中で重要な役割を果たしていたことがわかりますね。 サラの生涯は幸せだったでしょうか。いろんなことがありました。夫が神さまから呼ばれたことによって、住み慣れた土地を離れなければなりませんでした。たいていの女性は定住志向ですから、寄留者として生きなければならないことは、サラにとってはつらいことだったことでしょう。時には、いのちの危険があるようなところに寄留することもありました。そんなときには、決まって夫アブラハムは、自分のことを兄だと言ってくれと頼むものですから、彼女は2回もその土地の王に召し抱えられる危機に遭いました。それは、サラの美しさのゆえでした。最近はルッキズムと言って、容姿が美しいことが幸せの条件のように思われています。確かに美しいことで得をすることもあるかもしれませんが、美しさゆえの悩みもあるようです。美しさゆえの誘惑があり、落とし穴があるからです。 けれども、サラの生前の一番の悩みは、やはり子どもがいないことでした。一時は自分で子を産むことをあきらめて、女奴隷ハガルを夫に与えて、彼女によって子をもうけようとしました。けれども、実際に身ごもったハガルを見るのは耐えがたく、ハガルに辛く当たり、彼女が逃げ出すぐらいひどくいじめたのでした。そんな事件があった後、不思議な3人の旅人が来て、「来年の今ごろ、サラに男の子を産む」と告げました。その時サラは、天幕の陰に隠れて、思わず心の中で笑ったのです。ところが神はご真実で、サラは本当に身ごもり、一年後には子どもが与えられました。その時サラは、すでに90歳。しかし、子どもが与えられた喜びに浸る日々もつかの間、今度は女奴隷ハガルの子イシュマエルが邪魔になります。そして、イサクの乳離れの祝いの席で、イシュマエルがイサクをからかったことを機に、夫にイシュマエルを追い出すようにと攻め寄り、とうとう二人を家か...

約束の子の誕生(創世記21:1~21)

「約束の子の誕生」 創世記 21 章1~21 21章の1節から8節までは、喜びと笑いに満ちています。とうとう、アブラハムとサラとの間に子どもが生まれたからです。この子の誕生は、まさに神さまによる奇跡でした。聖書はそのことを強調しています。1節「主は約束したとおりに」、「主は告げたとおりに」、2節「神がアブラハムに告げたその時期に」。また、それが神の御力の表れであることを示すために、神さまが「来年の今ごろ」と告げたまさにその時期に生まれたこと。また、その時アブラハムは100歳だったこと(サラも90歳だったこと、)。そして、生まれた子が、主が告げたとおりに、男の子だったことを語っています。 そしてもう一つ。聖書は、このイサクの誕生は、アブラハムのためだけではない、サラのためであったことも示しています。1節では「(主は)サラのために行われた」、6節では、「神は私(サラ)に笑いをくださいました」とあるように、神さまは、サラを覚え、顧みてくださったのです。 生まれてきた子は、イサクと名付けられました。「彼は笑う」という意味です。日本で、この「笑う」という字を使ってイサクと読ませる名前を持っている男の子はいるか調べてみました。ありました!笑いを作ると書いて、「笑作(いさく)」と読ませています。 「笑い」とは言ってもいろんな種類の笑いがあります。17章ではアブラハムが笑い、18章ではサラが笑っています。どちらも不信仰から来る笑いでした。神さまが、アブラハムとサラの間に子どもを授けると約束しているのに、そんなことあるはずがない…と言って彼らは笑ったのです。けれども今回の笑いは、喜びと賛美の笑いでした! よくクリスチャンは、3 K (固い、厳しい、暗い)と言われますが、私たちクリスチャンこそ、この喜びの笑いがふさわしいのではないかと思います。私たちの教会の役員会は、よく笑います。がはは、がははと笑いながら、1時間半ぐらいが、あっという間に過ぎていきます。神さまはご真実なお方で、私たちの教会の必要をご存じで、よい計画を持っておられる、それを信じているから笑いが絶えないのだと思います。アブラハムは祝福の基と言われましたが、笑いの基でもありました。私たちクリスチャンも、家族に笑いを届け、学校や職場に笑いを届けるものでありたいですし、私たちの教会も、地域に笑いと希望を届け...