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みな、私のように(使徒の働き26:24~32)


先日YouTubeで、一人のユダヤ人がクリスチャンになった証しを見ました。彼の名前はジョナサン・カーンと言います。ジョナサンの家は典型的なアメリカのユダヤ人家庭でした。当然のようにユダヤ教の習慣と儀式を守っていました。けれども、それらは形だけ。子どもの頃、よく見せられたアブラハムやエリヤ、ダビデの映画のような生き生きとした神を見ることはできませんでした。そうしていつしか彼は無神論者になっていたのです。ところがある時、一冊の本に出合います。そこには、1950年のイスラエル帰還を始め、ユダヤ人に関する聖書の預言が成就し、今もそれが続いていると書かれていました。これをきっかけに、彼は自ら旧約聖書(彼らにとっては唯一の聖典)を手に取り読み始めました。するとメシア預言が聖書のあちこちにありました。メシアはベツレヘムで生まれると預言され、彼はロバに乗ってエルサレムに入城すると書かれていました。そしてユダヤ人から迫害されるともありました。そしてこのメシアは闇の中の神の民に光を与えると言われていたのです。彼は、なぜキリスト教の内容が旧約聖書にあるのかと混乱しました。そして、とうとう禁断の書「新約聖書」を読み始めたのです。読み始めるとすぐにユダヤ人の名前の羅列がありました。イエスの系図です。当たり前ですが、イエスはユダヤ人でした。そして彼は聖書を語っていました。そして旧約聖書のメシア預言を次々と自ら成就させていったのです。新約聖書が旧約聖書とリンクしている、新約聖書はユダヤ人のための書物でもあったのだと知ったのです。こうして彼は、イエスこそ、自分たちユダヤ人がずっと待ち望んでいたメシアだと認めたのでした。

この動画を見て、私はパウロが、ローマ総督フェストゥスを差し置いて、ひたすらユダヤ人のアグリッパ王に語ったのがわかる気がしました。パウロが語ったことは22節、23節にあることで、「預言者たちやモーセが後に起こるはずだと語ったこと」、そして「キリストが苦しみを受けること、また死者の中から最初に復活し、この民にも異邦人にも光を宣べ伝えること」でした。この旧約聖書の預言とその成就者としてのメシア、その連続性に目が開かれ、イエスをメシアとして、神の子として受け入れれば、ユダヤ人は救われるのです。

かわいそうにフェストゥス総督は、そのようなモーセと預言者という土台がないので、パウロの言っていることがチンプンカンプン、全く分かりません。それで思わず大声で、パウロの弁明を遮ります。「パウロよ、おまえは頭がおかしくなっている。博学がおまえを狂わせている!」と。パウロはユダヤ教の名門、ガマリエル門下で学んだ優秀な男でした。そしてそのことは、彼の弁舌を聞いていれば明らかだったのでしょう。しかし、自分は聖書のことは、全く理解できない。そこでたまらなくなって思わずパウロの弁明を遮ったのです。パウロは、アグリッパ王に話ながら手応えを感じていました。もう一押しというところで、とんだ邪魔が入ったものですから、失礼にならない程度に手短にフェストゥスに答えます。「フェストゥス閣下、私は頭がおかしくはありません。私は、真実で理にかなったことばを話しています。」

この「真実で理にかなったことば」の「理にかなった」というのは、他には「貞淑」とか「分別がある」とか訳される言葉です。榊原康夫とう人は、これを「安全安心な心の持ち主の性格や振る舞いを表すことば」だと解説していました。つまり、パウロが語る福音は、迷信でも、盲信ではなく、偏った判断や先入観から来るような考えでもないということです。

そして早速、アグリッパ王の方に向き直り、「王様はこれらのことをよくご存じですので」と続きを語り始めるのです。王様は、旧約聖書のあちこちにメシア預言がちりばめられていることはご存じでしょう。ですから私は率直に王様に申し上げているのです。26節後半、「このことは片隅で起こった出来事ではありませんから、そのうちの一つでも、王様がお気づきにならなかったことはない、と確信しています。」「このこと」とは、イエスの十字架と復活のことです。イエスさまの十字架と復活は、確かに片隅で起こったことではありませんでした。誰もが知る公然の出来事だったのです。

エマオの途上の二人の弟子を思い出しましょう。彼らは暗い顔をしてエルサレムを背にしてとぼとぼと歩いていました。そこに復活のイエスさまが傍らに来られて一緒に歩きました。彼らにはそれがイエスさまだとはわかりませんでした。そしてイエスさまは、二人に聞くのです。「歩きながら語り合っているその話は何のことですか。」すると、二人は暗い顔をして立ち止まって、あきれ顔で言うのです。「エルサレムに滞在していながら、近ごろそこで起こったことを、あなただけがご存じないのですか。(みんな知っていますよ!)」こうして、イエスの十字架と復活の話しを本人に説明し始めたのです。イエスさまは、彼らの話を最後まで聞いてから、ため息をついて言いました。「ああ、愚かな者たち。心が鈍くて、預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち。キリストは必ずそのような苦しみを受け、それから、その栄光に入るはずだったのではありませんか。」それからイエスは、モーセやすべての預言者たちから始めて、ご自分について聖書全体に書いてあることを彼らに説き明かされた。」これが、ユダヤ人伝道のセオリー、王道です。

もう一つ例を上げましょうⅠコリントの15章3-6節です。「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中にはすでに眠った人も何人かいますが、大多数は今なお生き残っています。」イエスさまの十字架と復活は、片隅で起こった出来事ではなかったのです。誰もが史実として知っている、公然の出来事でした。

今日私は牧会コラムで、関東大震災の時に起こった朝鮮人大虐殺のことに触れました。この朝鮮人大虐殺には、多くの加担者がおり、また多くの目撃者もいましたので、決して「片隅で起こったこと」ではありませんでした。けれども最近は、それなかったことにしよういう動きがあるのに驚きますし、非常に残念です。東京都知事は、関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典に、今年も追悼文を送りませんでした。7年連続です。また官房長官も「調査したかぎり、政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」と朝鮮人大虐殺を認めない発言をしました。まだ100年しかたっていないのに、負の歴史を風化させ、なきものとしようとするのはどういうことでしょうか。

イエスさまの十字架と復活も、片隅で起こったことではありませんでした。誰もが知る、否定できない、公然の出来事、事実だったのです。アグリッパ王も知っていました。「このことは片隅で起こった出来事ではありませんから、そのうちの一つでも、王様がお気づきにならなかったことはない、と確信しています。アグリッパ王よ、王様は預言者たちを信じておられますか。信じておられることと思います。」イエスの出来事を知っている。そして預言者を信じている。ならば、メシアなるイエス・キリストを信じてしかるべきでしょう!!パウロはそうアグリッパ王に迫っているのです。

アグリッパ王は、慌てて答えます。「おまえは、わずかな時間で私を説き伏せて、キリスト者にしようとしている」するとパウロは言います。「わずかな時間であろうと長い時間であろうと、私が神に願っているのは、あなたばかりでなく、今日私の話を聞いておられる方々が、この鎖は別として、みな私のようになってくださることです。」イエスさまを信じるための材料はすべてそろっています。時間なんていらないのです。決断するだけです。「アグリッパ王、あなたはどうするのですか。」

すると、アグリッパ王たちは、逃げるように席を立ち、退場します。そして退場してから、人々と話し合うのです。「あの人は、死や投獄に値することは何もしていない」。これですでに3人の人が、パウロの無罪を認定しています。千人隊長クラウデオ・リシア、フェストゥス総督、そしてアグリッパ王です。けれども、パウロが無罪でありながら、命がけで宣べ伝えている福音については、耳を閉ざしたのです。

初めに話したユダヤ人ジョナサン・カーンですが、彼はイエスを旧約聖書が語るメシアだと認めました。しかし、イエスを信じて従うことには躊躇しました。何しろユダヤ教徒がキリスト教徒に改宗するのは、とてもハードルが高いのです。自由がなくなるのではないか、生活の楽しみは捨てられない、そう思いました。ですから、死ぬ間際に信じようと思ったそうです。そんなある日、彼が吹雪の中を運転していた時のことです。あまりに雪がひどくて、一寸先も見えません。どこを走っているのかもわからないまま、前方の車のライトを頼りに走っていたそうです。すると、突然横から強い光が照り付けました。電車です。電車がすぐ近くまで来ていたのです。そして次の瞬間、電車と彼の車はぶつかりました。ものすごい衝撃で、彼は車から吹っ飛んだのです。車は大破しました。翌日の新聞でも報道された大事故でした。けれどもジョナサンは、なんと無傷だったのです。かすり傷一つなかったのです。こうして「死ぬ間際」を経験した彼は、イエスさまの前に跪き、「主よ、あなたに従います」と祈ったのでした。

パウロは「私のようになってください」と言いました。それは品行方正で頭がよく、家柄もよく非の打ちどころのない昔のパウロのことではありません。「私のように」と自分を指さすパウロは、イエスさまに出合い、古い自分を捨て、新しく生まれ変わったパウロでした。神に愛されている私、罪ゆるされた私、神の子とされた私でした。これらはどれも受け身です。神さまに一方的に与えられ、受け取っただけの私です。そしてパウロは、そんな「私のようになってください。この鎖は別ですけどね。」と言っているのです。それなら私たちも言えるのではないでしょうか。私のようにイエスさまの愛を受け取ってくださいと。お祈りしましょう。

 

天の父なる神さま、カイサリアでのパウロの弁明が終わりました。最初から最後まで、イエスさまの十字架と復活の福音を力強く指し示す弁明でした。そして最後は、「私の願いは、みな私のようになることです!」で閉じました。罪人の頭パウロ、自らを土の器だと言うパウロ。使徒の中で最も小さい者と呼び、月足らずで生まれた者だというパウロ。そんなパウロが「みな私のように」と言っています。それは、神さまから受け取った恵みがあまりに大きいからでした。私たちも小さな者です。弱い者です。罪人です。けれども神さまが受け取った恵みの大きさゆえに「私のようになってください言えるのです。感謝します。今週も私たちをそれぞれの家庭へ学校へ、会社へ、地域へ、お遣わしください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン



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