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見ないで信じる者は幸い



「見ないで信じる者は幸い」
ヨハネ福音書20章24~31節

復活によって罪と死に勝ち、今も生きて、この世界を統べ治めていらっしゃるイエスキリストの父なる神様。あなたの聖なる御名を心から賛美申し上げます。あなたの復活を記念するこのイースターの朝、復活の主を礼拝することのできる幸いを心から感謝致します。主イエス様は、私たちの罪の身代わりに、多くの苦しみを受け、十字架にかかって死んでくださり、贖いを成し遂げてくださったばかりか、3日目によみがえってくださいました。それは、私たちに復活の希望を与えてくださるためでした。世界は今、まさに闇の中にあります。私たちには光が必要です。よみがえりの希望が必要です。主よ。今朝、復活の光で私たちを照らしてください。この世界を照らしてください。これからみことばに聞きます。語るこの小さなものを主がきよめてお用いください。ゆだねつつ、主イエスキリストの御名によってお祈り致します。アーメン

 先週は、受難週主日でしたので、私たちはイエス様の十字架の苦しみの意味について学びました。十字架の上で「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばれたイエスさまは、子としての身分を放棄し、神に捨てられ、神への従順を貫いてくださることにより、私たちが「父よ」と神さまをお呼びする道を開いてくださったのでした。
イエスさまは、本当に息を引き取りました。死なれたのです。イエスさまの体は、十字架から取り降ろされ、アリマタヤのヨセフという人が、自分が所有する新しい墓を提供し、遺体をそこに納めました。「イエスと言う奴は、生前自分がよみがえると公言していたらしい」ということで、墓の周りには番兵が立ち、イエス様の遺体は厳重に見張られていました。しかも墓の入り口は、大きな石でふたをされており、容易には空けられません。ところが、安息日が明け、イエスさまが死んでから三日目の朝、女の弟子たちが墓に向かうと、墓を塞いでいた石は取り除けられ、墓の中は空っぽで、イエス様の死体はそこにはなかったのです。そしてヨハネの記述によると、イエスさまは、まずマグダラのマリヤにその復活のお姿を現しました。その後、その日の夕方、弟子たちがユダヤ人たちを恐れて鍵がかけられていた家に集まっていたところに、「シャローム(平安があるように)」と言って現れ、弟子たちにその復活の身体を見せ、その手の傷とわき腹の傷を見せられたのです。弟子たちは、非常に喜びました。イエス様の死に直面し、今の今まで奈落の底に突き落とされたかのような気分だったのですが、今や天にも昇るような思いだったことでしょう。
 ところが!というところで今回の出来事が起こります。デドモと呼ばれるトマスがその場にいませんでした。このトマスについて少し説明をします。トマスがイエスさまの12人の弟子の一人であることは、皆さんもご存じだと思うのですが、イエス様の生涯が記されている4つの福音書の中で、12弟子の名前の羅列以外で、トマスのことが書かれているのは、実はヨハネの福音書だけなのです。しかも4回、8節にもわたってトマスの名前が出てきます。どうしてヨハネは、トマスのことを記したのでしょうか。それはこのヨハネの福音書が書かれた目的と関係ありますが、それは最後に触れることにします。

 トマスが登場する一回目は、ヨハネの11章16節です。イエスさまがとても親しくしていたマルタとマリヤの兄弟ラザロが死んだと聞いて、イエスさまは彼らの住むユダヤ地方に行こうとされました。ユダヤ人たちのイエスに対する反発は日増しにひどくなっており、つい先日も石打にされかかったので、弟子たちは、「今ユダヤに行くのはやめた方がいい」と制止しました。ところがトマスは、弟子たちに「いや、私たちも行って、主と一緒に死のうではないか!」と言ったというのです。勇ましいことです。イエス様が一緒ならたとえ火の中水の中!とでも言いそうな勢いです。トマスは、それぐらいイエスさまを慕い、このお方にどこまでもついて行くのだという覚悟と決意を固めていたのでしょう。

 もう一回は、ヨハネ14章5節です。イエスさまは、やがて天に帰られることを予告して弟子たちにこう言いました。「あなたは心を騒がせてはいけません。神を信じ、わたしを信じなさい。私の父の家には住むところがたくさんあります。…私が行って、あなた方に場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところにあなたがたもいるようにするためです。わたしがどこにいくのか、その道をあなたがたは知っています。」それを聞いたトマスは、また慌てます。すかさず「主よ、どこへ行かれるのか、私たちにはわかりません。どうしたら、その道を知ることができるでしょうか。」と聞きました。するとイエスさまは、あの有名なことばを言うのです。「わたしが道であり真理であり、いのちなのです。私を通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。」トマスのこの率直な質問に私は好感を持ちます。「イエスさま、あなたが場所を用意してくれて、また迎えに来てくれるというその場所はどこなんですか?どうやったらそこに行けるのですか?私にはわかりません。どうして私たちがそれを知っているというのでしょうか?どうしたらその道を知ることができるのでしょうか?」切実な求めです。イエスさまが私たちを離れてどこかに行ってしまうなんて、そんなこと言わないでください。イエスさまが行かれるなら私も行きたい。その道を教えてほしい!そう懇願しているようです。先ほどの「私たちも行って、主と一緒に死のうではないか!」との言葉に通じるものがあります。一見勇ましいようですが、その姿には、目に見て触れる肉体のあるイエスさまがいなくなることへの戸惑い、不安、恐怖すら感じられます。

 そして3回目の登場は、今日の聖書箇所の場面です。24節25節
十二弟子の一人で、デドモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。 そこで、ほかの弟子たちは彼に「私たちは主を見た」と言った。しかし、トマスは彼らに「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じません」と言った。
復活のイエスさまは、他の弟子たちにはそのお姿を現されました。いや、復活のイエスさまが一番に現れたのは、実は女たちだった。弟子たちの中に女性を軽んじる傾向があったとは思わないですが、彼も時代の子ですから、ひょっとしたら女たちにも現れたのに、どうして自分はまだなのか!という思いはあったかもしれません。とにかくたまたま自分がいないときにイエスさまがいらっしゃった。他の弟子たちは興奮して、嬉しそうにその時のことを報告します。「ドアは閉めてたんだよ、鍵もかかっていた。それなのにイエス様がこの部屋の真ん中に立たれて、『平安があるように』と言われたんだ!そして我々にその手とわき腹の傷を見せてくれた…。」トマスはそんな仲間たちの話しを聞きながら、どんな気持ちだったのでしょう。彼は思わず、「私は、その手に釘の跡を見て、釘の跡に指を入れ、その脇腹に手を入れてみなければ、決して信じない!」と言ったのです。他の弟子たちがその傷跡を見たというならば、私はその手の釘跡と脇腹の傷に手を入れなければ信じない!と。他の福音書でも、復活のイエスさまが弟子たちのところに現れた記述はありますが、手とわき腹の傷を見せたとは書いていません。ヨハネの福音書だけに書かれているのです。ヨハネはきっとトマスを意識してこれを記したのでしょう。

またトマスは、復活のイエスさまを目撃した他の弟子たちと自分を比べて、「どうしてイエス様は私のいないときに来たんだ。どうして私にだけその傷跡を見せてくれなかったんだ。」そんな苛立ちや嫉妬、悲しみがあったように感じます。だから彼は意固地になった。そして「みんなが傷跡を見せてもらったというなら、自分はそこに手を入れないと信じない!」と思わず言ってしまったのでしょう。
さて、それからすでに1週間が経ちました。イエスさまが他の弟子たちに現れてから1週間。トマスは、どんな気持ちで群れの中にいたのでしょう。今度いつイエスさまが現れるかもわからない、そう思うとトイレのためにその場を離れるのもためらわれる、そんな感じだったのではないでしょうか。

けれども、私はここで思いました。ああトマスはそれでも群れを離れなかったのだなと。彼はキリスト教界では疑い深い弟子の代表として覚えられています。「懐疑論者トマス」として。でも、そうなのでしょうか?彼は、1週間も群れを離れないで復活のイエスさまが現れるのを今か今かと待ち続けたのです。「私は、見てないから信じない!」と、啖呵を切って出て行きはしなかった。まわりが、復活のイエスさまに会ったことで浮足立っているのを横目で見ながらも、イエスさまは、きっと私にもその復活のみ姿を現してくれる、イエスさまは確かに私を愛してくださっていた。イエスさまが私だけ無視するなんてありえない、彼はそう信じて待ち続けていたのではないでしょうか。彼には信仰があった。復活の主イエスさまが確かにいらっしゃることを信じて一週間待ったのです。

そして八日の後、くしくも先にイエスさまが現れた1週間後の日曜日、イエスさまは再び、弟子たちのそのみ姿を現します。そして前回と同じように彼らの真ん中に立ち、「シャローム(平安があなたがたにあるように)」と言ったのです。今回の復活のイエスさまの現れは、トマスのためだったと思われます。いえ、確かにそうでした。イエスさまはすぐにトマスの方を向くと言われました。27節「あなたの指をここに当てて、私の手を見なさい。手を伸ばして私のわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」イエスさまは、私たちが口にしたことを全部知っておられます。口にしたことだけでではありません。私たちが心に思ったことさえもすべてご存じなのです。トマスはイエスさまを前に恥じ入ったことでしょう。「いや、そういうつもりではなかった。イエスさまが私にもこうして現れてくださった。それだけで十分です。そんな傷跡に触れるなんてとんでもない!」トマスは、イエスさまの傷跡を触ることなく、「私の主!私の神!」と信仰告白をしたのでした。

ここで単純な疑問なのですが、イエスさまの復活の身体には傷がありました。イエスさまを信じる私たちも死んだ後、イエス様と同じように復活の身体をいただきます。復活の身体に今ある傷は残っているのでしょうか。私にもいくつか傷跡があります。幼稚園の頃ブランコから落ちて、目の下に傷を作り今も薄く残っています。また、大学生のころ、原付バイクに乗ってカーブを曲がり切れずこけて、ひじのところに大きなミミズのような傷跡が残っています。そして、末娘を産んだ時の帝王切開の傷。これはみんなそのまま復活の身体にも残っているんでしょうか。そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません。聖書には書いていないのでわかりません。でも大丈夫、たとえ傷跡があったとしても、それには痛みもなければ、それに対するコンプレックスもないはずです。

話しをもとに戻します。イエス様は、復活の身体にあえて傷跡を残されたと考えることはできないでしょうか。だいたい普通考えたら3日かそこらで、釘で刺し通したような傷が治るでしょうか、わき腹を槍で突き刺され、内臓も損傷するような傷が治るでしょうか。治りません。復活の身体を全く傷跡のない状態にすることはできたはずです。しかしイエスさまはそれをしませんでした。傷跡をあえて残されたのです。どうしてでしょう。それは人々がその傷跡を見て信じるためでした。実際、初めて弟子たちの前に現れたときには、イエス様は弟子たちにその手とわき腹の傷跡をあえて見せたのです。実際彼らはその傷跡を見て信じました。

もっと言うと、ひょっとしたらトマスのためにこの傷跡を残されたと言ったら想像がたくましすぎるでしょうか。トマスが見ないと信じないというから。触らないと信じないと言うから傷跡を残した。「ほら、これがお前の見たがっていた、触りたがっていた傷跡だよ。私は確かに十字架にはりつけにされて死んだんだ。でもほら、今私は生きているよ。復活したんだよ。さあ、この手の傷跡に指を差し入れ、わき腹の傷に手を差し入れてごらん。リアルに私を感じてごらん!」そうおっしゃっているかのようです。

そして、トマスに言うのです。29節「あなたは私を見たから信じたのですか?見ないで信じる者は幸いです。」イエスさまは、トマスを叱ったのですか?いいえ、そうではありません。彼には、他の弟子たちに要求しないことを言いました。それは、「見ないで信じる」ことです。1週間前に他の弟子たちに現れたときには、イエスさまは自ら傷跡を見せて、ご自分だと証明されたのです。ところが、トマスにだけ、「見ないで信じなさい」と言われました。それは、トマスとの関係を信じていたからじゃないですか。「私と一緒に死のう」と言ってくれたトマス、「主よ、あなたはどこに行かれるのですか?あなたの行くところの私も行きたい。その道を教えてほしい!」と言ったトマス、自分のいないときに現れたイエスさまに自分も会いたい、イエスさまが生きているなら、この五感でイエスさまを感じたいと、1週間も弟子の中にとどまり続けたトマス。彼なら見ないで信じることができるはず!
そして、それは後世の私たちへのチャレンジとなっていくのです。実際、私たちはイエスさまと同じ時代を生きていません。地上を生きてくださったイエスさまにもお会いしていません。十字架も目撃していなければ、復活のイエスさまともお会いしていないのです。そんな私たちにイエスさまは今日おっしゃいます。「見ないで信じる者は幸いです。」と。イエスさまはできないことを要求しません。私たちは、実際見なくても私たちの内にあって働いてくださる聖霊によって、実際見たと同じように、イエスさまと出会うことができる。聖霊によってイエスさまはいつも私たちとともにいてくださる。イエスさまの愛を感じることができる。その声をみことばを通して聞くことができる。祈りの中でイエスさまと語り合うことができる。イエスさまは、トマスの向こう側でこうして聖書を読む私たちに、そう語られているのです。

31節「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。」
そうでした。ヨハネの福音書が書かれた目的はまさにこれでした。私たちがイエスが神の子キリストであることを信じるため、また信じてイエスの名によっていのちを得るためだったのです。ですからヨハネはこの福音書の執筆にあたって、他の福音書記者たちが記していないトマスの記事を記したのでしょう。トマスの背後にいる私たちに、見ないで信じる幸いを教えるために。また見ないで信じた私たちが、見て信じた弟子たちと同じように、新しいいのちをいただき、来たるべき日には復活の恵みにあずかるために。復活の日の朝、私たちはトマスのように告白しましょう。「私の主!私の神!」と。

復活のイエス・キリストの父なる神様、復活の主は、トマスにもそのお姿を現し、「信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」と言われました。また「見ないで信じる者は幸いだ」とも言われました。私たちは、今は復活の主を実際に見ることはできませんが、あなたが確かに生きて、私たちとともにおられ、今も働いていらっしゃることを知っています。どうぞ、日々の生活の中でこの生ける主を見上げ、「私の主、私の神!」と告白する者でありますように。主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

新船橋キリスト教会牧師 齋藤千恵子

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