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5月16日主日礼拝

 
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「癒されるにふさわしい信仰」使徒の働き14:8~10

  「癒されるにふさわしい信仰」 使徒の働き 14:8-10  パウロとバルナバはアンティオキア教会からの派遣を受けて、地中海沿岸の地方都市へ宣教旅行に出かけました。これが第一次伝道旅行です。キプロス島での宣教を終えて、ピシディアのアンティオキアに移動し、ユダヤ人の会堂で福音を語りましたが、そこで迫害が起こり、その地を追われました。その後二人は、次の宣教地イコニオンへ向かいます。しかしそこでも迫害の手が伸びたので、二人は難を避けて、イコニオンから40キロほど離れたリステラという町に行きました。今回は、このリステラの町で起こった二つの出来事のうちの最初の出来事に注目したいと思います。 このリステラという町には、ユダヤ人の会堂がなかったようです。パウロたちの宣教の手法は、まずはユダヤ人の会堂で、聖書の知識のあるユダヤ人や外国人改宗者たちに福音を宣べ伝えるものでした。けれども、会堂がなければ仕方ありません。彼らは、ギリシャ人の雄弁家がしていたように、街の広場で、異邦人を対象に福音を語り始めました。 私たちの教会も伝道するとき、一見不都合と思えるようなことが起こったり、道が閉ざされたりすることがあります。けれども神さまが私たちの前に置かれる状況や場所、時というのは、いつもベストであることを信じましょう。神さまにはご計画があるのです。それが自分の計画や思い描いていたタイミングと違っても、私たちはそれを受け入れて、与えられた状況でベストを尽くしたいと思います。実際パウロたちは、会堂ではなくこの広場で、神さまが備えられた人に出会ったのでした。もし会堂で語っていたら、この人とは会えなかったでしょう。なぜなら彼は生まれつき足が不自由でしたから、生活の一切を人のお世話になっていました。誰かが会堂に連れて行ってくれなければ、行けなかったはずです。彼はおそらくいつものように、広場で一日時間が過ぎて行くの待っていました。ひょっとしたら生活のために物乞いのようなことをしていたのかもしれません。しかし、神さまのタイミングのコーディネイトは完璧でした。彼はこの日、パウロたちに出会い、そこで福音を聞いたのです。   さて、この聖書箇所を読んで皆さんが目に留まった言葉はなんでしょうか。私はやはり「癒されるにふさわしい信仰があるのを見て」というくだりです。ですから今日のタイトルもそのよ

世に勝つ者(Ⅰヨハネの手紙5:1~5)

  「世に勝つ者」  Ⅰヨハネの手紙5:1~5   少し整理してみたいと思います。ここで頻繁に出てくる単語は何でしょうか。「生まれる」4回、「信じる・信仰」3回、「命令を守る」3回、「愛する」5回、そして「打ち勝つ・勝利」4回です。このことからこの5つの単語がキーワードだということがわかります。「生まれる」「信じる」「命令を守る」「愛する」「勝つ」の5つです。   5:1 イエスがキリストであると信じる者はみな、神から生まれたのです。 まずすべては「神から生まれる」から始まります。この「生まれた」という動詞の時制は完了形で、過去に起こったことが今も続いているという意味で「現在の状態」を表します。つまり、私たちは神から生まれて、今も神の子どもということです。そしてこの動詞は、神さまが主語の時は能動態、人間が主語の時は受動態です。つまり生む主体は神さまということです。私たちは赤ちゃんの側なので、生まれることについては、何もできないということです。私も4人子どもの母親ですが、赤ちゃんが自分の意思と努力で生まれてきた子は一人もいません。赤ちゃんはただ受け身で生まれるのです。 神さまは私たちを選んで、この救いに至る道に導いてくださり、さあこの道に乗っかりなさいと促してくださいました。例えば、飛行機に乗る場合、私たちには何もすることがありません。ただ飛行機に乗れば、飛行機が私たちを目的地に連れて行ってくれるからです。もし私たちにできることがあるとすると、飛行機を信頼してそこに乗ることです。この信頼が「信じる」「信仰」ということです。先、先週の祈祷会で「救いと信仰の関係」について学びました。「救いを受けるのは、水に溺れて、誰かに助けてもらわないとどうにもならない状況にあるのと似ています。もはや自分では何もできず、泳ぐこともできないので、溺れるほかなく、ただ身を委ねて救い出してもらうしかない状況です。唯一私が救いに貢献できるとしたら、自分の罪深い性質を差し出すことくらいでしょう。」私たちはイエスさまを十字架につけたその罪をイエスさまの前に差し出し、赦しを乞い、「ありがとうございます」と、その救いを受け取って新しく生まれるのです。 さて、信仰によって神から生まれたわたしたちに、2つのことが起きました。一つは、「神の命令を守る者」とされたこと。もう一つが「愛

「岸辺に立つイエス」(ヨハネ21:1~9)

  「岸辺に立つイエス」(ヨハネ 21:1-9 ) 4 節「夜が明け始めていたころ、イエスは岸辺に立たれた。」   岸辺に立った主イエスの眼差しは、 1 つの方向に向けられていました。それは夜通し続いた漁が徒労に終わった、ティベリア(或いはガリラヤ)湖上の弟子たちに向いていたのです。岸辺に立つ主の眼差しは、湖上の弟子たちに向けられている。 今日は、御言葉を思いめぐらす中、この眼差しの方向を常に心に留めておきたいと思います。 お祈りします。「光あれ」と、言葉をもって世界を造られた神さま。今、ひとたび私たちは神の言葉に耳を傾けます。聖霊が心を照らし、私たちの命もまた新たにされますように。どうかみことばのうちに、復活の主の御声を聴くことができますように。復活の主、イエスさまのお名前によってお祈りします。 1.      なぜ漁に 2-3 節「 シモン・ペテロ、デドモと呼ばれるトマス、ガリラヤのカナ出身のナタナエル、ゼベダイの子たち、そして、ほかに二人の弟子が同じところにいた。シモン・ペテロが彼らに『私は漁に行く』と言った。すると、彼らは「私たちも一緒に行く」と言った。彼らは出て行って、小舟に乗り込んだが、その夜は何も捕れなかった。 」     「私は漁に行く」と言うペテロ。そして、他の四人もそれに付いていった … 。もうすでに復活の主イエスに出会っているにもかかわらず、以前の生業、仕事であった漁に出かける。この五人の弟子たちの行動は、その良し悪しをめぐって聖書注解者たちの間でいろいろ議論になっています。 厳しい見方をする人は、「何だ、だらしない。昔の仕事に戻ったのか。主の弟子であることをやめたのか」と、結構手厳しい。 それに対してゆるい見方は、こんな感じ。「まあ、弟子とはいえ、実際の生活もあるのだから」と。 弟子たちの行動を厳しく見るか、ゆるく見るか。私自身は、その中間 … というところです。   私は彼らを、「だらしない」とは思いません。彼らは、十字架直後に項垂れていた時と今では違います。復活の主に出会ったのです … 。でも、少し残念さはある。 復活の感動を味わい、すぐ前の 20 章 21 節で、主御自身が「父がわたしを遣わされたように、わたしもあなたがたを遣わします」と弟子たちに言われたのを思うと、漁に出かける弟子たちの姿はやはり物

4月18日主日礼拝

  「復活の主の現れ」 (ルカの福音書24:36~43)  復活のイエスさまは、すぐに天にお帰りにならないで、40日の間、地上で何度となく弟子たちに現れました。4つの福音書全体を見ると、復活当日に5回、それ以降に5回現れています。はじめの頃はエルサレムで、その後ガリラヤ地方で、最後は再びエルサレムに戻り、オリーブ山からイエスさまは昇天されました。この40日は、さながらイエスさまの集中講義の期間でした。イエスさまは、弟子たちに現れる度に、ご自分の復活を証明し、ご自身の復活は、聖書の預言の成就であると告げ、自分が昇天した後、弟子たちがこのみことばに立って、確信をもってイエスさまの復活の証人として宣教できるように準備をしたのです。   24:36 これらのことを話していると、イエスご自身が彼らの真ん中に立ち、「平安があなたがたにあるように」と言われた。 イエスさまは弟子たちの真ん中に立たれました。そうです。イエスさまはクリスチャンの交わりの真ん中に立ちたいと思っておられます。そしてイエスさまが真ん中に立たれるところに平和(シャローム)があります。イエスさまを隅っこに押しやるときに、諍(いさか)いや不調和が生まれます。私たち新船橋キリスト教会の真ん中にも、いつもイエスさまにお立ちいただきたいなと思わされます。   24:37 彼らはおびえて震え上がり、幽霊を見ているのだと思った 。 これはどうしたことでしょう。ペテロが復活の主に会ったと証言し、クレオパともう一人の弟子もエマオの途上でイエスさまと共に歩いたんだと、イエスさまがパンを裂いたときに、それが分かったんだと報告会をしていたのです。そこにイエスさまが「平安があるように!」と入って来られたのに、彼らは怯えて震え上がり、幽霊を見ているのだと思ったというのです。イエスさまを「幽霊」だと勘違いして弟子たちが怯える場面、他の個所でも見たことがありますね。マルコの福音書でイエスさまが湖の上を歩いて渡るのを見かけた弟子たちが、幽霊だと思ったあの個所です。このマルコの福音書で「幽霊」と訳されている言葉は、ギリシャ語でファンタスマと言って、幻想とか幻覚を意味します。つまり弟子たちは、湖の上を歩いているそのお方をイエスさまだと認識できていなかったということです。それに対して、ここに出てくる「幽霊」はプニューマとい

「心は内で燃えていた」(ルカ24章13~36節)

  「心は内で燃えていた」 ルカの福音書24:13~36   スイスの画家、カラヴァッジョの『エマオへの道』という絵はとても有名です。本来失意の中でとぼとぼと歩いていた二人の弟子のところに、その話題の主(ぬし)であるイエスさまがおいでになって、並んで歩かれ、彼らの話しを聞き、それを説き明かしている絵です。この絵にはすがすがしい明るさと視野の広がりがあります。この明るさと広がりはどこから来ているのか、私たちは今日の聖書箇所から見ていきたいと思います。 「ちょうどこの日」( 13 節)というのは、イエスさまが十字架にかかって息を引き取られ、埋葬された金曜日の次の次の日、ユダヤではこれを3日目という言いますが、その3日目の日曜日のことです。もう夕方に差し掛かった頃でしょうか。エマオに向かう二人の弟子のところにイエスさまが現れ、とも歩きました。エルサレムからエマオまでは 60 スタディオン、約 11 ㎞ありました。歩いて 4 , 5 時間というところでしょうか。それまで、この二人の弟子たちの足取りは非常に重かったのです。なぜなら、彼らが愛し、尊敬し、すべてをかけて従おうと思っていたイエスさまが、十字架にかかられて、息を引き取り、埋葬されてしまったからです。彼らは道々、そのことについて話し合ったり、論じ合ったりしていました。けれどもなぜ彼らは、なぜエルサレムを離れようとしているのでしょうか。それは、もうエルサレムには用はないと思っていたからだでしょう。イエスさまはもういない。もう革命も新しい時代もやってこない。エルサレムにいても意味がない。彼らはそう思ったのではないでしょうか。 19 ~ 21 節では、彼らがイエスさまのことをこんな風に言っています。「この方は、神と民全体の前で、行いにもことばにも力のある預言者でした。それなのに、私たちの祭司長たちや議員たちは、この方を死刑にするために引き渡して、十字架につけてしまいました。私たちは、この方こそイスラエルを解放する方だ、と望みをかけていました。」彼らは完全にロス状態にありました。イエスさまこそ救い主、解放者だと望みをかけていたのに、無残にも殺されてしまったからです。彼らは無念な思いでエルサレムをあとにして、おそらく自分の家のあるエマオへと向かったのです。  ところがそんな二人に復活のイエスさまが近づいて、

「ここにはおられません」(ルカの福音書24:1~9)

  「ここにはおられません」 ルカの福音書 24:1~9 ルカの福音書には、「捜す」 → 「見つかる」という話しがたくさん出てきます。「迷子の羊」、「失くした銀貨」、そして「放蕩息子」(15章)のたとえ話しでは、お父さんがお兄さんに言いました。「おまえの弟は、いなくなっていたのに見つかったのだ。」そしてザアカイのお話しの中でも、イエスさまが、「人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです。」( 19 章)と言っています。ところが今日のお話しは、捜したのに見つからなかった。というお話です。最近探し物が多くなったという方は、共感できるかもしれません。統計によると、人は1日10分、一生だとなんと153日分もの時間を探し物に費やしていると言います。 さてここに出てくる女性たちは、マグダラのマリア、ヨハンナ、ヤコブの母マリア+αでした(10節)。男のほとんどの弟子たちが十字架を前にイエスを見捨てて逃げてしまった中で、彼女たちは、イエスさまが十字架刑に処せられるのを現場で目撃していました。( 23:49 「ガリラヤからイエスについて来ていた女たちはみな、離れたところに立ち、これらのことを見ていた。」)イエスさまが十字架で息を引き取られたのは、金曜日の午後3時ごろでした。その後、アリマタヤのヨセフという人が、自分の所有する新しい墓を提供してくれたので、イエスさまはそこに葬られました。ユダヤ人の安息日の規定では、金曜日、日が沈んだら、もう出歩いてはいけないという規定がありましたので、それこそやっつけ仕事で、大急ぎでイエスさまの遺体に布を巻いて、墓に納めてしまったようです。そしてこの時も、ガリラヤの女の弟子たちは、その様子を星飛雄馬のお姉さんのように、陰で見守っていました。( 55-56 節「イエスとともにガリラヤから来ていた女たちは、ヨセフの後について行き、墓と、イエスのからだが納められる様子を見届けた。それから、戻って香料と香油を用意した。そして安息日には、戒めにしたがって休んだ。」)彼女たちはきっと埋葬の様子を見ながら、「あ、もっと丁寧に扱って」「しっかりお薬塗らないと」「いい香りの油を塗ってあげないと匂いが…」「血ももっときれいに拭きとってあげなきゃ…」とひやひやしながら見ていたのでしょう。でも、何しろ時間がないので仕方ありません。イエスさまのからだはそ