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悪をもって悪に報いず(創世記34章)

 


「悪をもって悪に報いず」

創世記34

天の父なる神さま、あなたの聖なる御名を心から賛美します。

さて、33節で兄エサウとの感動の再会を果たしたヤコブは、エサウが住む南のセイルではなく、西に位置するシェケムという町に住み始めます。なぜこの土地を選んだのか、聖書は何も書いていないのでわかりませんが、この土地に住んだことが、のちに大きな落とし穴になります。彼は本来父イサクが住むヘブロンへ帰るべきだったのでしょうか。けれども、兄から長子の権利を奪った経緯があるため、兄の手前、そちらには帰れなかったのかもしれません。あるいは母リベカはすでに召されていたとされているので、「お母ちゃんのいない実家」はつまらないと思ったでしょうか。ある聖書注解者は、ヤコブはベテルに帰るべきだったと言っています。ベテルというのは故郷を離れ、孤独と不安の中で石を枕にして眠っていたときに、天からの梯子がおりてきて、み使いたちが上り下りしていた、あの場所です。

けれども彼は、シェケムに留まりました。仮住まいのつもりだったのかもしれません。けれども、彼はそこで土地を買っているので、しばらくはそこに住むつもりだったのでしょう。ちなみに、ヤコブはここに、のちに難産で亡くなる妻ラケルを葬っています。ただ、ヤコブがシェケムに住んだ理由として確かに言えることは、彼のような寄留者は、どこにでも自由に住めるわけではないということです。もし、友好的に受け入れてくれる土地があれば、そこに住もうと思うのは理解できます。実際、この土地の人々は、ヤコブたちには友好的で、オープンで、ヤコブたちに一目置いていたようにも見えます。知恵深いヤコブのことですから、いろいろなことを総合して考え、しばらくはこの土地に滞在しようと考えたのです。

 

しかし、シェケムに住み始めてしばらくすると、とんでもない事件が起こります。ヤコブの娘ディナが、この土地の男にレイプされてしまいました。彼女はこの時13歳から15歳だったと言われています。この土地にすぐに馴染み、土地の娘たちとの交流もあったようで、ある時お友達を訪ねて出かけていきました。2節「すると、その土地の族長の子シェケムが、彼女を見て捕らえ、これと寝て辱めた。」 この土地の名と同じ名前のシェケムは、前々からディナに目を付けていたのでしょうか、彼女が一人で歩いているとチャンス到来とばかりに、彼女を辱めたのです。

なんてひどいことを!と私たちは思います。けれども、この土地では珍しいことではなかたようです。結婚したい娘と既成事実をつくることが、常態化していた可能性もあります。その証拠に、この後シェケムは、父ハモルを連れて求婚のためにヤコブを訪れますが、彼らからは謝罪の一つもありませんでした。本来なら父親が、「この度は、うちのバカ息子が、お宅のお嬢さんにとんでもないことをしてしまって…」と詫びの一つも入れるのが当然のところ、彼らは一切の謝罪もなく、あれやこれや結婚に向けての交渉を始めるのでした。

シェケムは、ディナを愛していると言います。3節には、「ディナに心を奪われ」「この若い娘を愛し」「彼女に優しく語りかけ」、8節では、「恋い慕って」と書いてあります。こうして、どんなにシェケムがディナを愛しているかを伝えます。けれども、これは愛ではありません。愛と暴力は共存しないからです。子どもを虐待する親は言います。「子どもを愛しているから叩くのだ」「子どものしつけのために」と。またDV夫、妻は言います。「愛しているから殴るのだ」。モラハラ夫、妻も言います。「愛しているから、生活のすべてを管理したい」「理想的な妻に、夫になってほしいから」。「愛している」は彼らの常套句です。けれども、「本当の愛」は、相手を尊重するものです。相手を傷つけません。また、相手を支配しません。むしろ信頼し自由を与えます。また条件を付けず、ありのまま受け入れるのが愛なのです。Ⅰヨハネの手紙4:9‐10には、本当の愛について書かれています。「神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちにいのちを得させてくださいました。それによって神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」 神さまがキリストを通してお示しになった愛は、自分の欲のために相手を犠牲にするのではなく、相手の幸せのために自分を犠牲にするのです。

 

さて、この土地に住むヒビ人と、神の民イスラエルとは道徳観、倫理観も違っていました。7節の終わりにはこう書いてあります。「このようなことは、してはならないことである」。これが神の民の道徳観でした。十戒が与えられるのはまだ先です。けれども祝福の基として選ばれたこの民は、すでに他の民とは違う価値観をもっていました。彼らの中では、レイプ(強姦)は、あってはならないことだったのです。結婚が重んじられていました。そういう意味で、イスラエルと土地の人とは、大きな道徳観のずれがあったのです。

現代も同じです。特に性モラルについては、キリスト者とそうでない人々との間には、大きな相違があります。クリスチャンは、婚前交渉はしません。婚外交渉、つまり不倫も罪です。神さまがそれらを喜ばれないからです。婚前交渉や婚外交渉が与える負の影響は計り知れません。それは自らを傷つけ、家族を傷つけます。いつも言いますが、神さまはなぜ罪をお嫌いになるのか、禁止事項を私たちの前に置くのか、それは、神さまが与えられたルールの中で生きることが、私たちの幸せだからです。神さまの決められたルールを逸脱する、つまり罪を犯すと、私たちは自分を傷つけ、人を傷つけ、神を悲しませることになります。ローマ12:2にはこう書いてあります。「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」 私たちは、神を知らない人々と違う価値観をもって生きることを恐れてはいけません。私たちは神の国の価値観で生きる、神の子どもなのです。

 

さて、アウトラインの2番です。「ヤコブは、…黙っていた」。ヤコブは、シェケムがディナにしたことを聞きました。もちろん、これは困ったことが起きたと思ったことでしょう。そして、兄たちが留守をしていたのをいいことに、そのことについては黙っていました。また、ディナが汚されたことを聞いた兄たちは、激怒して、その町の人々を皆殺しにしたのですが、その後のヤコブの反応も微妙です。30節「それで、ヤコブはシメオンとレビに言った。『あなたがたは私に困ったことをして、私をこの地の住民カナン人とペリジ人に憎まれるようにしてしまった。私は数では劣っている。彼らが一緒に集まって私を攻め、私を打つなら、私も家の者も根絶やしにされてしまうだろう。』」ここでヤコブは「私」「私」と言っています。その数6回です。原語のヘブライ語では、この一節だけでなんと8回も「私」と言っているのです。彼は自分と自分の家を守ることにしか関心がないようです。父親なら、娘が乱暴されたのですから、もっと嘆き悲しんでほしい。シェケムの胸倉を掴んで、「おまえは俺の大事な娘になんてことをしてくれたんだ!」と怒ってほしい。このディナに対する冷淡さが、兄たちの怒りの炎に油を注ぐことになったのではないでしょうか。私、私と連発する父に、兄たちは、「私たちの妹が遊女のように扱われてもよいのですか。」(31節)と抗議します。こんな風には思いたくはないのですが、1節に「レアがヤコブに産んだ娘ディナ」とあります。最愛の妻ラケルの子ではなく、レアの子だったことが影響しているのでしょうか。実際、ディナのために復讐に立ち上がったのは、シメオンとレビでした。二人ともレアが産んだ兄弟です。もしヤコブが毅然とした態度をとり、ディナのために嘆き悲しみ、シェケムに抗議の声をあげていたら、ひょっとしたら、この時起こったような悲惨な殺戮は起こらなかったのでは…と思うのです。

 

それにしてもヤコブの息子たちがしたことはひどいです!13節には「ヤコブの息子たちは、シェケムが自分たちの妹ディナを汚したので、シェケムとその父ハモルをだまそうとして」とあります。「だます」というのは、ヤコブの生涯で幾度となく出てきた言葉です。兄をだまし、父をだまし、叔父ラバンをだましてきたヤコブの人生でした。子どもは親の生き方を見ています。子どもは、親の言葉による教育よりも、むしろ親の生き方に学んでいます。彼らはシェケムと父ハモルをだまします。しかも神の民に与えられた聖なる契約のしるし「割礼」を利用してだましたのです! 義憤に駆られて彼らを罰し、妹の仇(かたき)を取ったと言えば、あるいは正当化されるのかもしれませんが、彼らはそれだけにはとどまりませんでした。敵の財産を略奪し、殺した男たちの妻と子どもたちを捕虜として連れ帰ったのです。果たして、そこまでする必要があったのでしょうか。ディナが乱暴されたのは嘆かわしいことです。けれども彼らの復讐はその何倍も残酷で悲惨なのではないでしょうか。

 

「怒り」事態は罪ではありません。正しい怒りもあります。けれども、「怒り」のエネルギーは、とてつもなく大きく強いので、私たちはそれを収める必要があります。ヤコブの息子たちのように、怒りが暴走すると制御不能に陥いることもあるからです。怒りに身を任せて暴言を発したり、暴力に出たりしたことで、一生を台無した例は枚挙にいとまがありません。

また、正義を振りかざすことの危うさもあります。確かに、ディナへの暴力は悪いことです。ヤコブの息子たちが怒るのは当然です。けれども正しいからと言って、相手に何をしてもいいわけではありません。考えてみれば人と人との争い、国と国との争いは、いつも自分のところに正義があると信じて始まるのではないでしょうか。ローマ人への手紙12章17~21節にはこうあります。

「だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。『復讐はわたしのもの。わたしが報復する。』主はそう言われます。次のようにも書かれています。『もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。』悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。」

善をもって悪に打ち勝つ。それこそイエスさまが私たちに示してくださった模範です。イエスさまは言いました。「あなたの右の頬を打つ者には左の頬も向けなさい。」続けて言います。「自分の敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」このみことばに本気で取り組んだ人キリスト者がいます。私の父を救いに導いたイギリス人のステファン・メティカフという宣教師は、少年時代に、中国で日本軍の捕虜となります。そこで出会ったのがエリック・リデルというイギリス人宣教師でした。彼らが集まり聖書を読んでいるときに、「あなたの敵を愛し、敵のために祈れ」というところを読みました。ステファン少年は、中国人にひどい仕打ちをする日本人を見ていましたから、そんなことできるわけがないと言いました。けれども、それに対しエリックは言うのです。「それでも、敵のために祈るのだ。敵を憎むときは自分中心になっている。敵のために祈り始めると、神中心になるのだよ。」

この世界は悲惨に満ちています。そしてそんな世界に住む私たちも罪人で、弱さと欠けを持っています。ですから、この世の悪を前にするとき、私たちは悪をもって悪に報いてはいけません。この悪に善をもって勝利するとはどういうことなのか、私たちは主に尋ね、祈るのです。主は私たちになすべきことを教えてくださいます。祈りましょう。



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