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7月, 2021の投稿を表示しています

その信仰に倣いなさい(へブル13:7~8)

  「その信仰に倣いなさい」 ヘブル 13 章7~8節 齋藤五十三 7 神のことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、覚えていなさい。彼らの生き方から生まれたものをよく見て、その信仰に倣いなさい。 8 イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。   本日は、当初からの予定を変えてヘブル 13 章から御言葉を語ります。実はこの説教は、先週火曜に千恵子牧師の父である、川村江弥牧師の葬儀の際に語らせていただいたものです。語り終えて千葉に向けた帰途につく中、千恵子牧師の励ましもあり、この内容を皆さんにもお分かちしたいとの思いになりました。千恵子牧師の父についてわずかでも知っていただきたいと思っておりますし、一人の伝道者、また一人のキリスト者が一生を全うするとは、どういうことなのか。そんなこともまた、皆さんと共に思いめぐらすことができたらと願っております。   お祈りします。生命の造り主である天の父なる神さま。御名を崇め、賛美します。神の言葉に聴くこの時、今日もまた聖霊の助けによって、静かに、そして豊かに、心を照らされて神の語り掛けに聴くことができますように。この礼拝のうちに、キリストに出会い、そして私たちが握る希望を確認する時となりますように。生ける御言葉、キリスト・イエスのお名前によって祈ります。アーメン。   1.     二つの動詞 7 節:神のことばをあなたがたに話した指導者たちのことを、覚えていなさい。彼らの生き方から生まれたものをよく見て、その信仰に倣いなさい。      7 節において、ヘブル書の著者は二つの動詞に特別な力を込めています。一つは「覚えていなさい」という動詞、「指導者たちのことを、 覚えていなさい 」。そしてもう 1 つは「倣いなさい」という最後の動詞。覚えていなさい。記憶しなさい、あなたがたの指導者だった人のことを … 。そして倣いなさい … と、この二つの点に、 7 節の力がこもっているのです。   指導者を覚えていなさいとか、倣いなさい、と言われると、千恵子先生の父である川村牧師を天に送ったこともありますので、千恵子牧師や私たち家族にとっては、自然にノスタルジーというか、郷愁がこみ上げて来るところでもあります。愛する父、信頼する指導者を天に送るというのは、

テモテという弟子(使徒の働き16:1~5)

 「テモテという弟子」 使徒の働き16:1~5 さて、パウロとシラスによる第二次伝道旅行が始まりました。この旅の目的は、先の伝道旅行で誕生した教会が健全に成長してるか、問題は起きていないか、フォローアップすることです。そしてエルサレム会議で決まったことを伝えること、そして新たに福音の種まきをすることです。先回は船でキプロスをまわってガラテヤ地方をまわって、帰りもほぼ同じルートで帰って来たのですが、今回は、アンティオキアから北上して陸路でキリキア地方に入りました。このルートですと、タルソを通過します。タルソはパウロの出身地でもあり、彼が回心してすぐに、伝道活動をした場所でもあります。その頃にいくつかの教会が誕生しましたから、パウロはまずはそれらの教会にエルサレム会議の決議事項を伝え、フォローアップをすることから始めたのでしょう。そしてその後、デルベ、ルステラと、先回とは逆ルートで旅をしたのです。   さて、リステラまで来たときに、テモテという弟子に会いました。この「弟子」は、「主の弟子」という意味です。彼はユダヤ人女性の子で、父親はギリシア人だったとあります。基本ユダヤ人はユダヤ人と結婚しますが、海外に住んでいるユダヤ人女性は、その土地の裕福なギリシア人と結婚することも少なくなかったようです。女性が結婚相手を選べる時代ではありませんでしたから、ある意味仕方のない事だったのでしょう。しかしながら異邦人と結婚することによって、息子をユダヤ人として育てることはかないませんでした。本来ユダヤ人の男子が生まれると8日目の割礼を施すのですが、それは許されませんでした。またユダヤ人の男の子はたいてい、ラビから律法を教えられ、信仰教育を受け、13歳になると、バル・ミツバーという成人式のようなものが行われ、一人前のユダヤ教徒として扱われるのですが、割礼を受けていない彼は、おそらくそれもかなわなかったでしょう。しかし、「その分!」ということでしょうか。テモテのお母さんユニケと祖母ロイスは信仰教育、聖書を教えることに余念がなかったようです。Ⅱテモテ1章5節、パウロがテモテに宛てた手紙ではこんな風に書かれています。「私はあなたのうちにある、偽りのない信仰を思い起こしています。その信仰は、最初あなたの祖母ロイスと母ユニケのうちに宿ったもので、それがあなたのうちにも宿っていると私は確信してい

互いに別行動を(使徒の働き15:30~41)

  「互いに別行動を」 使徒の働き15:30~41    エルサレム会議では、ユダヤ人であっても異邦人であっても、人は律法を行うことによってではなく、イエス・キリストを信じることによって救われるという基本方針が確立されました。そしてこの基本方針を伝えるために、エルサレム教会は、バルナバとパウロといっしょにユダとシラスを送り、彼らは手紙を携えてアンティオキア教会に向かったのでした。   こうして彼らは、アンティオキア教会に到着し、さっそく教会の会衆を集めて手紙を手渡しました。アンティオキア教会とエルサレム教会の間には500キロもの距離がありますから、往復最低1か月ぐらいはかかったと思われます。その間、アンティオキア教会の人々は、どんな思いで話し合いの結果を待っていたのでしょう。何しろ自分たちが救われているかどうかの確証がかかっているのです。彼らはドキドキして、その手紙が読み上げられるのを待ったと思います。誰がその手紙を読み上げたのかは書いていないのでわかりません。教会の長老でしょうか。あるいはユダかシラスでしょうか。とにかく、アンティオキアの会衆はみな、期待して手紙が読み上げられるのを待ったのです。そして、手紙が読み上げられると、「その励ましのことばに喜んだ」とあります。そうです。彼らにとってその手紙の内容は、励ましでした。なぜならそれは、私たちは今のままで救われている。割礼は受けていないけれども救われているという確証だったからです。また彼らはユダヤ人になる必要はない、ユダヤ人に対して、コンプレックスを持つ必要もない。彼らは異邦人のままで、そのままで信仰によって救われたのです。それは彼らにとって、まさに「福音」、グッドニュースでした!彼らは、手紙が読みあげられると、立ち上がって拍手喝采したことでしょう!   32節、手紙が読み上げられると、エルサレムから派遣された、預言者であるユダとシラスが、みことばをもって兄弟たちをさらに励まし、力づけたとあります。この「力づける」という言葉は、「確立する」「しっかり建てる」という意味があるそうです。彼らは「キリストを信じて救われる」というゆるぎない教理、つまり信仰の土台に立ちました。私たちも今、祈祷会で「ニューシティーカテキズム」を学んでいますが、しっかりとしたみことば、教理に立つ信仰は、確固たるものです。簡単に