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主のことばの広がり(使徒の働き13:44~52)

 

「主のことばの広がり」
使徒の働き 134452

  先週まで3週間にわたって、ピシディアのアンティオキアのユダヤ人の会堂でなされた、パウロの説教を紐解いて来ました。こうしてパウロの説教が終わり、その地方に住む特に異邦人たちが喜んで、来週もぜひここで同じ話しをしてくださいとお願いするのでした。同じ話を!というからには、自分はもう聞いているので、自分の家族や友人にも聞かせたいからということでしょう。彼らの口コミはものすごい勢いで広まり、なんと次の週は、ほぼ町中の人がその会堂に集まったというのです。おそらく補助いすを全部出しても足りず、立ち見が出て、会堂の外まであふれるぐらいの人々だったと思います。集まった人々は八百屋のおかみさんや床屋の親父さんなど、ありとあらゆる人たち、つまり庶民でした。

ところがユダヤ人たちはそれが面白くなかったようです。「ユダヤ人の会堂」なのに、ユダヤ人以外の外国人に占拠されたのが気に入らなかったのでしょうか。彼らはそれまでもその地域でユダヤ教を広めるために熱心に伝道していました。そして一定数の外国人改宗者も獲得していたのです。しかしこの外国人改宗者たちは、ユダヤ教の高いハードルをクリアできるような教養のある、町の有力者、品行方正な町でも評判のいい人たちだったようです。しかし今回集まってきた人たちは、ユダヤ人たちが好む人々ではありませんでした。またパウロの人気も気に入らなかったようです。パウロは、説教の中で、あからさまに自分たちの祖先を非難するようなことを言ったのです。ユダヤ人たちを「聖書読みの聖書知らず」と批判し、「あなたたちが救い主イエスを殺したのだ!」と指摘したのです。そして律法を守る者ではなく、イエスを信じる者が義と認められるという。彼らにとっては、とんでもないメッセージだったのに、その地域に住む多くの人々は、これはグッドニュースだと家族や知人を誘い、そのパウロの説教を聞きに来た…、それがおもしろくなかったのです。45「この群衆を見たユダヤ人たちはねたみに燃え、パウロが語ることに反対し、口汚くののしった。」とあります。このままパウロがこの地方にいては、人々はみなパウロについて行ってしまう。ひょっとしたらせっかく獲得した外国人改宗者たちやユダヤ人たちさえもパウロについて行ってしまうかもしれない。ユダヤ人の会堂が彼らに占拠されてしまう!彼らはそんな予感を禁じ得ませんでした。そしてねたみに燃え、パウロたちを口汚くののしったのです。けれどもパウロも黙ってはいませんでした。売られたケンカは買うとばかりに、大胆に反論します。 

「神のことばは、まずあなたがたに語られなければなりませんでした。しかしあなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者にしています。」46節)

神のことばは、まずユダヤ人(イスラエル)に与えられたのです。神はアブラハムを選び、彼と彼の子孫を宝の民とし、祝福の基いとしました。異邦人たちはイスラエルと彼らの神を見て、神の民となることのすばらしさを見ました。そして神はイスラエルを愛するがゆえに、ひとり子イエス・キリストを、彼らに与えられました。イエスさまはユダヤとガリラヤ周辺で救いの道を宣べ伝え、多くのいやしを行いました。あるときには、「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には、つかわされていない」(マタイ15:24)とか、「異邦人の道に行くな。またサマリヤ人の町に入るな。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところに行け。」(マタイ10:56)と言って、福音はまずはイスラエルの人々に伝えられるべきなのだとおっしゃいました。ところが彼らは、その選びによって高慢になり、神のひとり子イエスを拒んで、挙句の果ては殺してしまったのです。そしてパウロがそれを指摘しても悔い改めるどころか、ますます心を固くしています。パウロは言います。福音は優先順位としてあなたがたに伝えれられました。けれどもあなたがたはそれを拒んだ。ですから次の順位の人々、異邦人の方に行きます。こうしてユダヤ人は救いのチャンスを逃し、それは異邦人たちに開かれました。

47節でイザヤ書49章6節が引用されています。『わたしはあなたを異邦人の光とし、地の果てにまで救いをもたらす者とする。』もしユダヤ人がイエスさまの福音を受け入れるなら、彼らを国々の祝福の源泉として、また異邦人の光として、地の果てにまでこの救いをもたらす者とするというのです。ところが彼らのプライドでしょうか、特権意識でしょうか、彼らはイエスを拒否し、モーセの律法に固執し、狭いところに閉じこもり、鍵を閉めてしまったのです。しかしパウロやバルナバ、使徒たちを通して、この預言は成就され、これから広く世界中に福音が届けられることになります。

「異邦人たちはこれを聞いて喜び、主のことばを賛美した。そして、永遠のいのちにあずかるように定められていた人たちはみな、信仰に入った。こうして主のことばは、この地方全体に広まった。」(48-49節)

「永遠のいのちにあずかるように定められていた人たち」とあります。ある人はこれを見ると、「誰が救われるか神さますでに決めてるの?」と思うかもしれません。これは神学用語では「予定論」と言って、絶えずキリスト教界で議論されてきました。この予定論の第一人者であるカルヴァンは、ここの聖書箇所を注解してこう言っています。「御子を信じる者が永遠のいのちを得る」(ヨハネ3:16)とい約束の保証は、私たちにではなく神にあるということだと。もし「信じた者が救われる」というみことばの保証が、人間の側、私たちの揺らぎやすい信仰にあるなら、その救いの保証はなんと頼りないものでしょうか。しかしそうではない、私たちの救いの保証が、神の選びにあるとしたら、私たちは安心です。私たちがたとえ年老いて礼拝出席がかなわなくなり、認知症が進み、聖書も読めなくなり、祈ることもイエスの名さえも忘れてしまったとしても、救いの保証がわたしたちにではなく、「世界の基のおかれる前から私たちを選び分かたれた主」(エペソ1:4)にあるとしたら、私たちは何も心配することはありません。 こうして多くのこの地方の人々が救われて信仰に入りました。 

「ところが、ユダヤ人たちは、神を敬う貴婦人たちや町のおもだった人たちを扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、二人をその地方から追い出した。二人は彼らに対して足のちりを払い落として、イコニオンに行った。」(50-51節)

 キリスト教の歴史は、迫害の歴史です。このピシディアのアンティオキアでの出来事は、パウロやバルナバにとってはこれから長く続く迫害の人生の第一歩となりました。考えてみれば、パウロ自身誰よりも熱心なクリスチャンの迫害者でしたから、それは覚悟の上だったことでしょう。それにしてもユダヤ人たちの手口は卑劣でした。ユダヤ人のコミュニティーに入れてもらって優越感を持っていたこの地域の神を敬う貴婦人たちや町の主だった人たちを先導して、パウロたちを迫害させたのです。こうしてパウロとバルナバは、この地方から追い出されてしまいました。

 パウロとバルナバは彼らに対して足のちりを払い落して、次の町イコニオンに旅立って行きます。イエスさまが弟子たちを宣教に送り出すときに、「もしその町があなたがたを受け入れず、耳も傾けようとしないなら、足のちりを払い落として出ていきなさい」と命じています。この「足のちりを払う」という行為は、この町の人々を見捨てるということでしょうか。いいえ、「足のちりを払う」とは、「私は最善を尽くした。あとは神の御手にゆだねます」ということです。わたしたちもどんなに伝道しても、耳を傾けてくれない、どんなに教会に誘っても来てくれない、そんな経験をするでしょう。けれども本当に私たちが最善を尽くしたら、あとは神さまに任せなさいと主は言っておられます。「あなたがその人の魂の責任を負わなくてもいい、あとはわたしに任せなさい」と言っておられるのです。救いは聖霊のわざなのです。聖霊にゆだねましょう。 

「弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。」(51節)

弟子たちは、伝道の結果に左右されない喜びがありました。アンティオキアでの伝道は迫害によって追い出される結果に終わりました。けれども弟子たちは聖霊に満たされて喜んで次の町へと向かったのです。わたしたちもなかなか身近な人を導けなくて落ち込むことがあるかもしれません。けれども神さまは、伝道の成果で私たちを評価されません。そういう意味で私たちは「お気楽クリスチャン」であっていいのです。そしていつも喜びと聖霊に満たされていることこそが何よりの伝道なのです。 


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