スキップしてメイン コンテンツに移動

十字架の後ろで(ルカの福音書23:15~31)

 

「十字架の後ろで」
ルカの福音書23章16~31節 


今日の個所でクレネ人シモンという人が出てきます。十字架の記事では多くの登場人物が出てきますが、このクレネ人シモンについては、マタイの福音書でも、マルコの福音書でも取り上げています。彼は、ほんの一場面出てくるだけですが、非常に強い印象を人々に残しているのです。

 23:26 彼らはイエスを引いて行く途中、田舎から出て来たシモンというクレネ人を捕まえ、この人に十字架を負わせてイエスの後から運ばせた。

イエスさまは、前の晩一睡もしていませんでした。裁判を受け、人々から乱暴に扱われ、鞭打たれ、弱り切っているのを見たローマ兵は、イエスさまには十字架を背負って丘を登る体力はないと判断しました。そして一人の男、たまたま過ぎ越しの祭りの巡礼のために、エルサレムを訪れていたクレネ人シモンを捕まえ、イエスさまの代わりに十字架を負わせ、イエスが歩く後ろからついて行かせたのです。おそらく十字架の柱部分は、処刑場、ゴルゴダの丘に置いてあり、彼が担いだのは横木だけだったのではないかと言われています。それでも40キロから50キロはあったようです。クレネ人といえば北アフリカ、今日(こんにち)のリビアあたりに住む人です。おそらくその風貌はユダヤ人とは違っていたことでしょう。エルサレムの住人やローマ市民には罪人(ざいにん)の十字架を担がせるわけにはいきませんから、どう見てもよそ者の彼に、白羽の矢が立ったのでしょう。とにかく彼は、ローマ兵の目に留まり、無理やりイエスの十字架を担がせられることになります。

 23:28 イエスは彼女たちの方を振り向いて言われた。「エルサレムの娘たち、わたしのために泣いてはいけません。むしろ自分自身と、自分の子どもたちのために泣きなさい。23:29 なぜなら人々が、『不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来るのですから。

  クレネ人シモンが、イエスの後ろをついて歩いていると、民衆や女たちがその後に続きました。この女たちは、「エルサレムの娘たち」でした。イエスさまの女の弟子たちのほとんどは、ガリラヤの女性でした。ですから、この「エルサレムの娘たち」というのは、いつもイエスさまについて歩いて、身の回りの世話をしていた女の弟子ではなくて、いわゆる「泣き女」ではなかったと言われています。普通は、人が死んで、その遺体の入った棺桶を町から担ぎ出し、埋葬に向かうときなどに「泣き女」がつくのですが、イエスはまだ生きています。どうして彼女たちが、大声で胸を打ち叩いて泣き悲しみながら、イエスについて行ったかは分かりません。が、私はどちらかというと、いやな印象を受けます。イエスさまはまだ死んでいないからです。なんとなく、場を盛り上げるために騒いでいるような気がしてならないのですが、どうなのでしょうか。

イエスさまは、先頭をよろよろと歩いていたのですが、振り返り、間にいるクレネ人シモン越しに、女たちに語りかけました。「わたしのためではなく、むしろ自分自身と子どもたちのために泣きなさい」と。母親にとって、子どもが苦しんでいる姿を見ることほどつらいことはありません。代わってやりたいと思うほどです。「『不妊の女、子を産んだことのない胎、飲ませたことのない乳房は幸いだ』と言う日が来る」というのは、辛い、苦しい日々が、子どもたちの世代に訪れるという予告です。その時、あまりの辛さに、子どもなど産まねば良かったと思うほどだというのです。そしてイエスさまは、だから今は泣くんじゃない。その時までにあなたたちの涙をとっておきなさいと言っているのです。

23:30 そのとき、人々は山々に向かって『私たちの上に崩れ落ちよ』と言い、丘に向かって『私たちをおおえ』と言い始めます。23:31 生木にこのようなことが行われるなら、枯れ木には、いったい何が起こるでしょうか。」

やがて神のさばきの日が来る。イエスさまは、そうイエスさまのあとをついて来る人々に忠告されました。当時のユダヤは、ローマの属州でした。ローマの支配は、ユダヤ人にとっては不本意なことでしたが、そのおかげで当時のエルサレムは平和を保っていました。しかし、イエスさまはこの時、預言します。エルサレム崩壊の時が来る。その苦しみは山々が崩れ落ち、丘が覆ってくる方がましだと思うような、ひどい苦しみなのだと。そして31節の「生木」と「枯れ木」の例をあげながら、「正しい人が地で報いを受けるなら、悪しき者や罪人はなおさらのこと。」(箴言11:31)と、無実のご自身が苦しむなら、罪あるあなたがたは決して神のさばきを逃れることはできないだろうとおっしゃるのでした。事実、この後、西暦70年には、エルサレムを巡って攻城戦が起こり、ユダヤ人の反乱軍とローマ帝国の間に、いわゆるユダヤ戦争が起こりました。そして、3年後には、ローマ軍は、エルサレムを陥落させ、エルサレム神殿は、木っ端みじんに破壊されたのでした。

さて、十字架を担ぎながら、イエスさまの後ろについて歩いていたクレネ人シモンは、どんな思いでこれらのやり取りを聞いていたのでしょうか。イエスさまは、女たちの同情を辞退し、むしろ、エルサレムの人々に同情し、忠告を与え、その将来を憂えたのでした。そして、もう一度前を向くと、ひたすら処刑場であるゴルゴダの丘に向かう道を黙々と歩かれたのです。彼は、間近で、本当に間近でイエスさまの様子を見、その息遣いを聞き、語られる言葉を聞いたのです。それはイエスさまと寝食を共にした弟子たちにも許されたなかったことでした。彼は死刑場に到着し、さてこれでお役目ご免とその場を立ち去ったとは思えません。乗り掛かった船、最後まで見届けようと腹をくくったのではないでしょうか。そして十字架に釘付けにされ、ローマ兵に嘲弄(ちょうろう)されながらも黙し、むしろ彼らの赦しを請うイエスさまの姿に胸を打たれたことでしょう。そして、このお方は本当に神の子であったと確信したに違いありません。

そして後に、このお方が復活したという噂を聞きました。それだけではない。ひょっとしたら彼は、過ぎ越しの祭りの50日後に行われる五旬節の祭りのときまで、エルサレムに留まっていたかもしれないのです。可能性は大いにあります。五旬節にはあの出来事が起こります。そう聖霊降臨(ペンテコステ)です。聖霊が弟子たちの上に降り、そこに集まっている人々の国のことばで、イエスさまの復活を語るそのメッセージを彼は聞きました。彼はこの時、クレネ語で福音を聞いたかもしれないのです。彼は、イエスさまは確かに神の子だと信じました。そして十字架と復活の意味を知りました。イエスさまは、人の罪をその身に負って十字架で死なれた。しかしイエスさまは復活された。そのイエスさまを信じる私たちは、イエスさまと同じ復活の恵みに与かることができると、彼は信じたのです。

彼は喜び勇んで、この良き知らせを携えて田舎に帰りまさした。そして家で待つ妻や子どもたちに、自分が見たこと、聞いたことをすべて伝えました。その結果、彼と彼の妻、そして二人の息子、アレクサンドロとルフォス(マルコ15:21)もイエスさまを信じ、その後、初代教会で大いに活躍したと言われています。

私たちも信仰の歩みの中で、不本意な十字架を負わされることがあるでしょう。しかしそんな時は、私たちの前をゴルゴダの丘を目指し、ひたすら歩かれたイエスさまを思い出したいものです。十字架を負うとき、実は私たちは、イエスさまの近くにいるのです。そしていつもより間近にみことばを聞くことでしょう。多くの説教者がこれを「強いられた恵み」だと言っています。だれでも十字架は負いたくありません。できれば避けたいものです。それでも十字架は、イエスさまの愛と真実を知り、みことばを間近に聞く恵みの時なのです。今、私たちは十字架を負っているでしょうか。イエスは、間近で語りかけられます。どうぞ主の御声に耳を傾けてください。祈ります。



コメント

このブログの人気の投稿

慰めを待ち望む(ルカの福音書2章21~35節)

「慰めを待ち望む」 ルカの福音書 2 :21~35 21~24節には、律法の習慣(レビ記12:1~8)に従うイエスさまの姿が描かれています。もちろんイエスさまは生後間もない赤ちゃんですから、律法の習慣に従ったのはマリアとヨセフなのですが、実は、イエスさまは律法を制定される側のお方なだということに思いが至るときに、ご自分の制定された律法に自ら従われる姿に、人として歩み始めたイエスさまの覚悟と本気を見る思いです。 まずは、八日目の割礼です。ユダヤ人は生後8日目の男子の赤ちゃんに割礼を施すことが律法で定められていました。割礼は、天地万物を創られた唯一の神を信じる民、「神の民」としての特別な印でした。神さまと特別の約束を交わした民としてのしるしです。そしてこの日に、み使いが両親に告げられた「イエス」という名前を幼子につけたのです。 次に40日の清めの期間が終わったあとの宮詣です。日本でいうお宮参りといったところでしょうか。40日というのも、レビ記にある規定で、女性が男子のあかちゃんを生んだ場合、7日間は、宗教的に汚れているとされて、その後33日間の清めの期間があり、合わせての40日が、その期間となります。(ちなみに女の子の場合は、2週間の汚れた期間を経て、66日間清めの期間を過ごします)この間、母親は隔離されるわけですが、産後のママにとってはありがたい時期です。今みたいに洗濯機や掃除機、炊飯器などがない時代、家事は女性にとって重労働でした。そこから解放されて、自分の体の回復と、新生児のお世話だけしていればいいこの時期は、産後のママにとって必要不可欠な時期だったのです。そして、その期間が明けて、マリアのからだも十分に回復して、 彼らはエルサレム神殿に向かったのでした。 Google マップで検索すると、ベツレヘムからエルサレムまで、距離にして8.9キロ、車で20分の距離です。もちろん当時は車はありませんので、徒歩だと2時間弱というところです。産後の身にとっては、ロバに乗って行ったとしても、決して近いとは言えない距離です。こうして、マリアとヨセフ、小さな赤ちゃんのイエスさまは、エルサレムの神殿に向かったのです。 さて、宮に着くと、律法の規定に基づいて、ささげものをします。ささげものの内容も決まっています。それは、生まれたのが男子であっても女子であっても同じで...

サラの死と埋葬(創世記23:1~20)

「サラの死と埋葬」 創世記12章1~20節   サラが天に召されました。127歳でした。今の私たちの感覚からすると非常に長寿ですが、アブラハムが召されたのは175歳ですから、それを思うと、当時としてはそれほど長寿だとも言えないかもしれません。聖書にはたくさんの女性が登場しますが、亡くなったときの年齢が記されているのは、なんとサラだけだそうです。このことからも、アブラハムだけでなく、サラも聖書の救いの歴史の中で重要な役割を果たしていたことがわかりますね。 サラの生涯は幸せだったでしょうか。いろんなことがありました。夫が神さまから呼ばれたことによって、住み慣れた土地を離れなければなりませんでした。たいていの女性は定住志向ですから、寄留者として生きなければならないことは、サラにとってはつらいことだったことでしょう。時には、いのちの危険があるようなところに寄留することもありました。そんなときには、決まって夫アブラハムは、自分のことを兄だと言ってくれと頼むものですから、彼女は2回もその土地の王に召し抱えられる危機に遭いました。それは、サラの美しさのゆえでした。最近はルッキズムと言って、容姿が美しいことが幸せの条件のように思われています。確かに美しいことで得をすることもあるかもしれませんが、美しさゆえの悩みもあるようです。美しさゆえの誘惑があり、落とし穴があるからです。 けれども、サラの生前の一番の悩みは、やはり子どもがいないことでした。一時は自分で子を産むことをあきらめて、女奴隷ハガルを夫に与えて、彼女によって子をもうけようとしました。けれども、実際に身ごもったハガルを見るのは耐えがたく、ハガルに辛く当たり、彼女が逃げ出すぐらいひどくいじめたのでした。そんな事件があった後、不思議な3人の旅人が来て、「来年の今ごろ、サラに男の子を産む」と告げました。その時サラは、天幕の陰に隠れて、思わず心の中で笑ったのです。ところが神はご真実で、サラは本当に身ごもり、一年後には子どもが与えられました。その時サラは、すでに90歳。しかし、子どもが与えられた喜びに浸る日々もつかの間、今度は女奴隷ハガルの子イシュマエルが邪魔になります。そして、イサクの乳離れの祝いの席で、イシュマエルがイサクをからかったことを機に、夫にイシュマエルを追い出すようにと攻め寄り、とうとう二人を家か...

人の弱さと主のあわれみ(創世記20:1~18)

「人の弱さと主のあわれみ」 創世記20:1~18 今日の聖書の個所を読むと、あれ?これは前にも読んだかも?と思うかもしれません。そうなのです。12章で、アブラハムは、同じことをしています。飢饉のためにエジプトに逃れて、その際に、自分が殺されるのを恐れて、妻サライを妹だと偽ったので、サライはエジプトの王に召し抱えられてしまったのでした。その後、神さまはファラオの宮廷の人々に災いを下し、そのことによって、サライがアブラムの妻だと発覚し、ファラオはサライを、たくさんの贈り物とともにアブラムに返したと記されていました。すべては神さまの憐れみと守りによることでした。 さて、アブラハムたちは、今度は、ゲラルというところに寄留していました。ゲラルは、後のペリシテ人の領土です。12章のエジプトの時には、飢饉で、と理由が書いてありましたが、ここには理由がありません。けれどもアブラハムは、たくさんの家畜を持つ遊牧民ですから、定住することは難しく、天候や季節によって、あちこちに寄留するのは、決して珍しいことではありませんでした。 ところがここに来て、アブラハムはまたも、同じ失敗を繰り返しています。私たちは呆れますが、と同時に、聖書は正直だな~と思うのです。聖書は容赦なく、人間の罪と弱さをあばきます。聖書には、誰一人として完璧な人はいないのです。すべての人が罪人であり、弱さを抱えています。信仰者とて同じことです。ですから、同じ失敗を何度も繰り返すのです。翻って自らを省みてみましょう。同じ罪を繰り返しているのではないですか。誘惑に負けて罪を犯しては、「ああ、神さま、あなたの前に罪を犯しました。ゆるしてください。」と祈り、悔い改めます。そして二度と同じ失敗はしないぞと心に誓います。けれども、ほどなく、やはり同じ罪を繰り返すのです。私たちは、アブラハムの重ねての失敗を笑えないのです。 サラが異母姉妹だということ、それは本当のことでした。この手の言い訳も私たちのよくやることです。真っ赤な嘘とまでは行かなくてもピンク色の嘘?グレーゾーン?と言った感じです。サラの一番の属性は、アブラハムの妻でしょう。それを妹だと紹介するというのは、相手をだます意図があってのことです。胸に手を当てて思いめぐらすと、私たちにも心当たりがあるでしょう。また、アブラハムは、アビメレクへの言い訳として、こん...