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パウロの弁明③(使徒の働き22:17〜21)

「パウロの弁明③」
使徒の働き22:17~21

「パウロの弁明」、「パウロの救いと召命のあかし」と言ってもいいでしょう。今日はその3回目です。パウロはダマスコ途上でイエスさまと劇的な出会いをしたあと、ダマスコへ向かいました。そして、ダマスコで祈っていると、主がアナニアを遣わしたので、パウロはアナニアに祈ってもらい、再び見えるようになり、バプテスマを受けたのでした。

17節は「それから」で始まります。22章は、パウロがユダヤ人に弁明をしている場面ですから、詳細にすべてを語るわけにはいかないのですが、この「それから」には約3年の月日が流れているという解釈が一般的です。パウロの回心について書かれているオリジナル版9章を見ると、こんな記述があります。19節後半「サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと共にいて…イエスのことを宣べ伝えていた」23節「かなりの日数がたち、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談をしたが、彼らの陰謀はサウロの知るところとなった。…そこで、彼の弟子たちは夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁伝いに釣り降ろした」26節「エルサレムに着いて…」とありますから、使徒の働きだけを見ると、それほど時間が経っているようにも見えないのですが、実はガラテヤ書には、こんな記述もあります。ガラテヤ1:17~18「私より先に使徒となった人たちに会うためにエルサレムに上ることもせず、すぐにアラビアに出て行き、再びダマスコに戻りました。それから三年後に、私はケファを訪ねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。」まとめるとこういうことです。パウロはダマスコでバプテスマを受け、アナニアの仲介で教会の仲間にも入れてもらい、数日の間、宣教活動をしたのですが、その後アラビアに出て行ったというのです。理由は書かれていないのでわかりません。ただ、以前のパウロがあまりにひどい迫害者だったこともあり、ユダヤ人とも教会とも、少し時間と距離をとった方がいいと判断し、そのようにしたのかもしれません。あるいはパウロは新しい働きを始める前に、まず神さまの前に静まる時が必要だったのかもしれません。彼は一人アラビアに退き、リトリートのような時を持ち、充電期間とした可能性はあります。そういえば、旧約聖書のモーセも、イスラエルの民をエジプトから連れ出すという召しを受けたとき、その熱心さと張り切り?のあまり、事を急いて失敗をしたことがありました。そして、ミディアンの荒野で40年を過ごしたのです。その後、整えられたモーセは、出エジプトという大プロジェクトにとりかかったのです。パウロのアラビアの3年も、そのような備えの期間だったのかもしれません。

そして彼は再びダマスコに戻って来ました。充電100%になったパウロは、そこで精力的に宣教活動を始めたのです。ところがダマスコに住むユダヤ人たちは、すぐにパウロを亡き者にしようと陰謀を企てました。ダマスコのパウロの弟子たち(すでに弟子がいたというのは驚き!?)は、夜の間にパウロを連れ出し、彼を籠に乗せて、城壁伝いにつり下ろして逃れさせたのでした。そしてパウロはその足でエルサレムに向いました。「それから」の背後にはこんなことがあったということです。けれども、今、敵意むき出しのユダヤ人を前に、こんなまどろっこしい説明をする必要はないので、そのあたりをすっ飛ばして、エルサレムでの出来事を語り始めました。

 

17-18節「それから私がエルサレムに帰り、宮で祈っていたとき、私は夢心地になりました。そして主を見たのです。主は私にこう語られました。『早く、急いでエルサレムを離れなさい。わたしについてあなたがする証しを、人々は受け入れないから。』」

 

パウロは、宮で祈っていました。彼は回心してクリスチャンになりましたが、彼のユダヤ人としての習慣は何も変わっていませんでした。ただ、ユダヤ人が待ち焦がれているメシアが、イエス・キリストだと信じただけです。彼は相変わらず宮で祈り、ユダヤ人の慣習と律法に従う生活をしていたのです。ユダヤ人に非難されることは何もなかったということです。

パウロが祈っていると夢心地になりました。そういえばペテロも、ご飯ができるのを待っている間、屋上で祈って過ごしていたら、夢見心地になって、神さまからの語りかけを聞いたという記述がありました。私もお祈り中に居眠りすることはよくありますが、未だ居眠り中に主の語りかけを聞いたことはありません。主は、夢心地のパウロに語りかけました。「早く、急いでエルサレムを離れなさい。わたしについてあなたがする証しを、人々は受け入れないから。」 とういうのです。ところが、先ほど引用したガラテヤ書の記述を見ると、エルサレムには15日しかいなかったというのです。まだ宣教活動は始まったばかりです。パウロとしては「はい、わかりました。すぐにエルサレムを離れます!」とは言えませんでした。

 

そしてパウロは、神さまに意見するのです。19、20節、「主よ。この私が会堂ごとに、あなたを信じる者たちを牢に入れたり、むちで打ったりしていたのを、彼らは知っています。また、あなたの証人ステパノの血が流されたとき、私自身もその場にいて、それに賛成し、彼を殺した者たちの上着の番をしていたのです。」パウロがどんな意図をもってこの主張をしているのか、わかるでしょうか。自分はほんの数年前まで、クリスチャンたちを牢に入れたり、鞭で打ったりして、誰よりも熱心にクリスチャンを迫害していたことは、エルサレムの誰もが知っていて、記憶に新しいところです。しかも、私はあのステパノがユダヤ人たちに殺されたあの日、自分もその場所にいて、賛成の一票を投じ、自分の手を汚さず、石でステパノを撃ち殺す人々の上着の番をしながら、「やれー!殺してしまえー!」と加勢していたのです。ほんのこの間の出来事です。彼らはみんな仲間でしたし、同志だったのです。もちろん、彼らは私がクリスチャンになったことは知っています。でも、あれほどの迫害者がどうして、クリスチャンになったのかについて、彼らは興味がないでしょうか。耳を傾けてくれる可能性は大いにあるのではないでしょうか…。想像するに、パウロはそんな風に神さまに訴えたと思うのです。

 

ところが、神さまの返事はNOでした。21節「行きなさい。わたしはあなたを遠く異邦人に遣わす。」「早く、急いでエルサレムを離れなさい」という主の命令は変わらなかったのです。「エルサレムで、あえて危険を冒すな。無駄死にするな。わたしはあなたを異邦人宣教に遣わすのだ」ときっぱりとおっしゃったのです。遠慮なく神さまに意見を言うパウロでしたが、最終的には神さまの言われることに従うのもパウロです。彼は15日の短いエルサレム滞在後、エルサレムを離れたのです。

さて、21節「行きなさい。わたしはあなたを遠く異邦人に遣わす。」とありますが、原語であるギリシャ語の語順に忠実に直訳するなら、「なぜなら、わたしが、あなたを遠く異邦人に遣わすのだから」となります。「わたしが」というところが強調されているのです。神さまはおっしゃいます。「わたしが」「他の誰でもないわたしが!」あなたを遣わすのだと。そうです。パウロを遣わしたのは、パウロを愛し、また滅びゆくユダヤ人、異邦人を愛する神なのです。だから神のことばに信頼していい。信頼して従えばいいということです。

私たちはよく、「自分のことは自分が一番よく知っている」というような言い方をします。パウロもそうでした。自分の持っている知識や賜物、経験、経歴など、自分が一番よくわかっている。だからこれらを用いて、エルサレムで伝道させてほしいと彼は言ったのです。けれども、神さまは、私たち以上に私たちのことを知っています。私たちの潜在意識に中に眠っている記憶や、忘れたくて、無意識に蓋をしている事どもなども、神さまはご存知です。また、まだ開発されていない私たちの隠れた賜物、それも神さまはご存知です。そしてこれからの私たちの人生の中で、神さまが計画しておられることも、神さまだけがご存知です。その神さまが、「わたしがあなたを遣わすのだ」とおっしゃってくださっている。それはなんという安心でしょうか。私たちは、開かれた心をもって、神の導きに聞き、そして神さまへの信仰、信頼をもって、一歩を踏み出していきましょう。

 

奇しくも今日は献身者デーなので、私の小さな証しをしたいと思います。私が神学校を卒業した1年目。愛知県岡崎にある開拓途上の岡崎キリスト教会に伝道師として遣わされました。ドイツ人の宣教師と共に開拓伝道に従事したのですが、その1年が、本当に楽しかったのです。原付にまたがって、市内を走り回って、訪問伝道したり、家庭礼拝を導いたり、洗礼準備会をしたりしました。教会には開拓教会ならではの活気があって、子どもや若い人が多かったですし、上司は宣教師なので、私のいろんな伝道のアイデアを採用してくれて、自由にそれをさせてくれました。本当に楽しかった1年でした。その宣教師の先生は宣教報告と休養のために来年度にはドイツに帰られると知っていたので、私は先生がいないその一年間、一人で教会を守るつもりで、張り切っていたのです。ところが、時を同じくして、神学校時代の同級生齋藤五十三兄弟との結婚の方向性も決まっていました。五十三師は次の春には赴任先も決まっていたので、できれば結婚して一緒に行きたいと言っていましたが、正直、岡崎での奉仕は充実していましたし、何より宣教師が国に一時帰国する1年間の留守番をしなくてはいけません。ですから、来春の結婚は無理だと言っていたのです。

ところが、年末ごろでしょうか。そのドイツ人の先生と来年度の計画を話し合ったときに、先生は、ご自分が留守にする1年間のために、別の男性の伝道師を頼んでいるとおっしゃったのです。そうでした。ドイツの福音自由教会では、女性教職は認められていなかったのでした。私は、そんなことがあって、失意のうちに?結婚を決意し、春に教会を辞任して、結婚し、新潟の亀田キリスト教会に、五十三師といっしょに赴任したのでした。

私よりも私のことを知っておられる神さまは、私の計画とは違う計画を持っておられたのです。私たちは、自分の願いや固定観念に縛られず、主の御声に従わなければいけません。主が私たちにもっておられる計画は、私たちが自分で立てた計画よりも良いのです。「わたしがあなたを遣わす」と言われた主を信頼して、主の導きに従いたいものです。


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