スキップしてメイン コンテンツに移動

福音に立つ教会②(第一コリント15:6〜11)

「福音に立つ教会」

Ⅰコリント人への手紙 15:6~11

「福音に立つ教会①」で、私たちは「福音」についてもう一度聖書から教えられました。パウロは最も大切なこととして「福音」を明示しました。それは3~5節にあります。「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。」こうして私たちは、この「福音」を信じて救われました。そしてキリストの教会は、この「福音」を信じた者の共同体です。しかし私たちが陥りやすい罠として、「福音」は信仰に入る時にだけ必要なもので、その後の信仰生活には関係がないものだいう考え方があります。しかし「福音」は、私たちが罪赦され、永遠のいのちを得るための「入り口」というだけではなく、実は私たちの信仰生活の中で生きて働く、「救いに至る道」なのです。

 

さて、今日の聖書箇所に入ります。パウロは6、7節で、イエスさまのよみがえりが確かな事実であることを続けて証明します。イエスさまはペテロ(ケファ)をはじめとする弟子たちに現れただけではなく、その後500人以上の兄弟たちに同時に現れました。恐らくイエスさまが昇天するときに、オリーブ山のふもとにそれだけの人数が集まっていたということでしょう。また、ここに女性の弟子の数は入っていませんので、女性も入れると倍以上の人がそこにいたことになるでしょう。そして、その中には、すでに眠った人も何人かいます、とあります。この「眠っている」という表現に、すでにこの時代の教会が復活信仰を持っていたことがわかります。死は終わりではない。人は死んだ後、もう一度目覚め、神の裁きの座につく、そしてイエスさまによって罪贖われた者は、御国で永遠に生きると信じていたのです。またパウロは、「すでに死んだ人もいますが、大多数は、今なお生き残っている」と言い、イエス・キリストのよみがえりが歴史上の事実であることを確かなことして証明しています。

また、「その後、キリストはヤコブに現れ」とありますが、このヤコブはイエスさまの兄弟のヤコブだと言われています。彼はイエスさまが地上に生きておられた時には、イエスさまを神の子、救い主としては信じていなかったようです。彼は復活の主イエスさまに出会って、確かに兄は、神の子だったと信じたのでしょう。ヤコブはやがて、エルサレム教会のリーダーとして大活躍をします。「それからすべての使徒たちに現れました」とあります。この時の「使徒」とは、イエスさまの12弟子だけではなく、イエスさまと行動を共にし、復活のイエスさまを目撃したすべての人を指しているようです。

 

ここまで来て、パウロの語調が少し変わります。「そして最後に、月足らずで生まれた者のような私にも現れてくださいました。」パウロは未熟児で生まれたということでしょうか、そうではないと思います。パウロの「使徒性」を疑う人々が、パウロのことを「月足らずで生まれた者」「未熟児」と揶揄していたのではないかと思うのです。先ほど「使徒」の定義について、イエスさまと行動を共にしていた人で、復活のイエスさまに実際に会った人と言いました。それに照らし合わせると、彼はイエスさまの弟子でも取り巻きでもなかった。しかもダマスコ途上でイエスさまに出会いましたが、それはイエスさまが天に帰られた後でしたから、それをもって、復活の主に会ったと言えるのかどうか。そういうわけで、パウロの「使徒性」については絶えず議論があったのです。そんな背景もあって、パウロは言います。「私は確かに彼らが言うように月足らずで生まれた者かもしれない。でもそんな私にもイエスさまは、あんなに鮮明に現れてくださり、復活の証人にしてくださり、使徒として召してくださったのだ」と。

パウロのことばはまだ続きます。9節「私は使徒の中では最も小さい者であり、神の教会を迫害したのですから、使徒と呼ばれるに値しない者です。」パウロは、さらに自分がどんなに使徒としては相応しくない者かを語ります。どうしてか、それは、知らずにしたこととは言え、主の教会を迫害していたからです。イエスさまに出会う前のパウロは、クリスチャンと見れば、男でも女でも引いてきて、拷問し、棄教を迫り、殺していたのです。そんなパウロに、ダマスコ途上で、主イエスさまは語りかけました。「パウロ、なぜわたしを迫害するのか」と。彼はその時のことを思い出し、なんと自分は罪深いのか、使徒と呼ばれるに値しないどころか、救われる資格さえない者なのに…と手紙を書きながら、思わず涙がこみあげたのではないでしょうか。

 

10節「ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは無駄にはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのですが。」パウロはクリスチャンたちを迫害しました。いや、実はイエスさまご自身を憎み、痛めつけ、苦しめていたのでした。だから彼は、その罪滅ぼしで、一生懸命、他の使徒たちよりも多く働いたということでしょうか。そうではありません。その大きな罪、自分では払いきれない借金をゆるされたことが嬉しくて、感謝で、こんな祝福を自分だけに留めておくわけにはいかないと思い、誰よりも熱心に福音宣教のために働いたのでした。しかもそれは、自分の力ではない、聖霊を通して、自分の内に住まわれるイエスさまが、働いているのだと言っているのです。

先日2年前のライフラインの番組をYoutubeで見ました。ゲストはケン・テイラーという人でした。彼は、フィリピン人ですが、アメリカに留学し、音楽を勉強し、卒業後音楽活動をしているときに救われました。その後アメリカの教会で聖歌隊を指導する働きをするのですが、神さまはそんな彼に宣教師として海外で福音を伝えるようにと召します。その召しを受け、彼は1997年に奥さんのボラさんと共に来日。以降、ハレルヤ・ゴスペル・ファミリーを立ち上げ、2018年3月の時点で、80のクワイヤ、1,500名以上のメンバー、50名のディレクターが参加しています。彼と奥さんのボラさんが、アメリカで宣教師としての召しを受けて宣教地を選ぶ時に、二つの候補地がありました。一つはフィリピン。もう一つは一度だけミッショントリップで行ったことのある日本でした。彼は思いました。フィリピンなら言葉もわかる、文化もわかる、サポートしてくれる仲間もいる、経済的にも低いコストでいい。だけど日本は、言葉も全くわからない、文化もわからない、知り合いもいない、経済的には非常に高いコストがかかる。けれどもその時主が彼に示されたのは、フィリピンに行けば、100%自分でできる。だから神さまの出番はゼロ。だけど日本に行くなら、神さまが100%働く。自分はゼロ、何もできない。それなら、神さまの100%にかけた方がいい!ということで日本に来られたというのです。パウロの「働いたのは私ではなく、私とともにあった神の恵みなのです」という告白は、まさにケン・テイラーさんの言う神さま100%、自分ゼロと同じ告白ではないでしょうか。

そして11節で、「とにかく、私にせよ、ほかの人たちにせよ、私たちはこのように宣べ伝えているのであり、あなたがたはこのように信じたのです。」と言っています。パウロも、コリント教会もこの恵みの福音を宣べ伝えているし、この恵みの福音を信じているのだと言っているのです。こうして「福音」は、教会によって語り伝えられ、告白され続け、多くの人を救い、多くの人を変え続けてきました。

 

さて最後に、もう一度10節に戻ります。パウロは「神の恵みによって今の私になりました」と言っています。私たちはどうでしょうか。「神の恵みで、私は今の私になった」と言えるでしょうか。ここでいう「今の私」というのは、イエスさまを信じて救いをいただいた、その時点の私ではありません。宣教のために多くの困難にあいながらも、なお働いている「今」のことです。またパウロは、「私に対する神の恵みは無駄にならなかった」と言っています。「無駄」というのは「実を結ばない」「空しい」という意味だそうです。「神の救いの恵み」を、救われた記念に額縁に入れて、壁に飾って、時々眺めては、ああ、自分はこの福音によって救われたんだな~と懐かしく思い出すだけでは、神の恵みは無駄になってしまいます。福音は、今も私たちを変えることができます。ローマ書1章16節には「福音は、…信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。」とあります。福音は私たちを根本的に変える力があるのです。

パウロは、救われた今も、自分の罪深さをよく知っていました。彼はローマ書7章で、「私には、自分のしていることが分かりません。自分がしたいと願うことはせずに、むしろ自分が憎んでいることを行っているからです。」と言い、「私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。」と告白しています。また今日の箇所では、彼は自分のことを月足らずで生まれた者のようと言い、自分は使徒の中では最も小さい者と言い、使徒と呼ばれに値しない者だと言いました。救われた今も、自分は足らない、自分は不完全、罪深い、そう自覚していたのです。自分はゼロでした。だから今もイエスさまの十字架がなければ、福音にすがらなければ生きていけなかったのです。私たちはどうでしょうか。長年クリスチャンをしていると、クリスチャンとしてのふるまい方がわかって来ます。お祈りも上手になってきたでしょう。クリスチャンとしてのライフスタイルも整って来た。礼拝に来て、献金して、奉仕して、やるべきことはちゃんとやっている。だからもう十字架も福音もいらない。自分の意志や、自分の努力でやって行ける、自分100%、神さまが0%でやって行ける。そうなってはいないでしょうか。それは、神の恵みを無駄にすることです。福音に現れている神の恵みは、今も力強く私たちに働きます。そして私たちを変えることができます。罪に勝利する力を与えます。神と人とを愛する人に変えることができます。そしてキリストに似た者へと変えることができるのです。



コメント

このブログの人気の投稿

人生の分かれ道(創世記13:1~18)

「人生の分かれ道」 創世記13:1~18 さて、エジプト王ファラオから、多くの家畜や金銀をもらったアブラムは、非常に豊かになって、ネゲブに帰って来ました。実は甥っ子ロトもエジプトへ同行していたことが1節の記述でわかります。なるほど、エジプトで妻サライを妹だと偽って、自分の命を守ろうとしたのは、ロトのこともあったのだなと思いました。エジプトでアブラムが殺されたら、ロトは、実の親ばかりではなく、育ての親であるアブラムまでも失ってしまうことになります。アブラムは何としてもそれは避けなければ…と考えたのかもしれません。 とにかくアブラム夫妻とロトは経済的に非常に裕福になって帰って来ました。そして、ネゲブから更に北に進み、ベテルまで来ました。ここは、以前カナンの地に着いた時に、神さまからこの地を与えると約束をいただいて、礼拝をしたところでした。彼はそこで、もう一度祭壇を築き、「主の御名を呼び求めた」、つまり祈りをささげたのです。そして彼らは、その地に滞在することになりました。 ところが、ここで問題が起こります。アブラムの家畜の牧者たちと、ロトの家畜の牧者たちとの間に争いが起こったのです。理由は、彼らの所有するものが多過ぎたということでした。確かに、たくさんの家畜を持っていると、牧草の問題、水の問題などが出てきます。しかも、その地にはすでに、カナン人とペリジ人という先住民がいたので、牧草や水の優先権はそちらにあります。先住民に気を遣いながら、二つの大所帯が分け合って、仲良く暮らすというのは、現実問題難しかったということでしょう。そこで、アブラムはロトに提案するのです。「別れて行ってくれないか」と。 多くの財産を持ったことがないので、私にはわかりませんが、お金持ちにはお金持ちの悩みがあるようです。遺産相続で兄弟や親族の間に諍いが起こるというのは、よくある話ですし、財産管理のために、多くの時間と労力を費やさなければならないようです。また、絶えず、所有物についての不安が付きまとうとも聞いたことがあります。お金持は、傍から見るほど幸せではないのかもしれません。 1900年初頭にドイツの社会学者、マックス・ウェーバーという人が、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、略して『プロ倫』という論文を出しました。そこに書かれていることを簡単にまとめると、プロテス...

慰めを待ち望む(ルカの福音書2章21~35節)

「慰めを待ち望む」 ルカの福音書 2 :21~35 21~24節には、律法の習慣(レビ記12:1~8)に従うイエスさまの姿が描かれています。もちろんイエスさまは生後間もない赤ちゃんですから、律法の習慣に従ったのはマリアとヨセフなのですが、実は、イエスさまは律法を制定される側のお方なだということに思いが至るときに、ご自分の制定された律法に自ら従われる姿に、人として歩み始めたイエスさまの覚悟と本気を見る思いです。 まずは、八日目の割礼です。ユダヤ人は生後8日目の男子の赤ちゃんに割礼を施すことが律法で定められていました。割礼は、天地万物を創られた唯一の神を信じる民、「神の民」としての特別な印でした。神さまと特別の約束を交わした民としてのしるしです。そしてこの日に、み使いが両親に告げられた「イエス」という名前を幼子につけたのです。 次に40日の清めの期間が終わったあとの宮詣です。日本でいうお宮参りといったところでしょうか。40日というのも、レビ記にある規定で、女性が男子のあかちゃんを生んだ場合、7日間は、宗教的に汚れているとされて、その後33日間の清めの期間があり、合わせての40日が、その期間となります。(ちなみに女の子の場合は、2週間の汚れた期間を経て、66日間清めの期間を過ごします)この間、母親は隔離されるわけですが、産後のママにとってはありがたい時期です。今みたいに洗濯機や掃除機、炊飯器などがない時代、家事は女性にとって重労働でした。そこから解放されて、自分の体の回復と、新生児のお世話だけしていればいいこの時期は、産後のママにとって必要不可欠な時期だったのです。そして、その期間が明けて、マリアのからだも十分に回復して、 彼らはエルサレム神殿に向かったのでした。 Google マップで検索すると、ベツレヘムからエルサレムまで、距離にして8.9キロ、車で20分の距離です。もちろん当時は車はありませんので、徒歩だと2時間弱というところです。産後の身にとっては、ロバに乗って行ったとしても、決して近いとは言えない距離です。こうして、マリアとヨセフ、小さな赤ちゃんのイエスさまは、エルサレムの神殿に向かったのです。 さて、宮に着くと、律法の規定に基づいて、ささげものをします。ささげものの内容も決まっています。それは、生まれたのが男子であっても女子であっても同じで...

人の弱さと主のあわれみ(創世記20:1~18)

「人の弱さと主のあわれみ」 創世記20:1~18 今日の聖書の個所を読むと、あれ?これは前にも読んだかも?と思うかもしれません。そうなのです。12章で、アブラハムは、同じことをしています。飢饉のためにエジプトに逃れて、その際に、自分が殺されるのを恐れて、妻サライを妹だと偽ったので、サライはエジプトの王に召し抱えられてしまったのでした。その後、神さまはファラオの宮廷の人々に災いを下し、そのことによって、サライがアブラムの妻だと発覚し、ファラオはサライを、たくさんの贈り物とともにアブラムに返したと記されていました。すべては神さまの憐れみと守りによることでした。 さて、アブラハムたちは、今度は、ゲラルというところに寄留していました。ゲラルは、後のペリシテ人の領土です。12章のエジプトの時には、飢饉で、と理由が書いてありましたが、ここには理由がありません。けれどもアブラハムは、たくさんの家畜を持つ遊牧民ですから、定住することは難しく、天候や季節によって、あちこちに寄留するのは、決して珍しいことではありませんでした。 ところがここに来て、アブラハムはまたも、同じ失敗を繰り返しています。私たちは呆れますが、と同時に、聖書は正直だな~と思うのです。聖書は容赦なく、人間の罪と弱さをあばきます。聖書には、誰一人として完璧な人はいないのです。すべての人が罪人であり、弱さを抱えています。信仰者とて同じことです。ですから、同じ失敗を何度も繰り返すのです。翻って自らを省みてみましょう。同じ罪を繰り返しているのではないですか。誘惑に負けて罪を犯しては、「ああ、神さま、あなたの前に罪を犯しました。ゆるしてください。」と祈り、悔い改めます。そして二度と同じ失敗はしないぞと心に誓います。けれども、ほどなく、やはり同じ罪を繰り返すのです。私たちは、アブラハムの重ねての失敗を笑えないのです。 サラが異母姉妹だということ、それは本当のことでした。この手の言い訳も私たちのよくやることです。真っ赤な嘘とまでは行かなくてもピンク色の嘘?グレーゾーン?と言った感じです。サラの一番の属性は、アブラハムの妻でしょう。それを妹だと紹介するというのは、相手をだます意図があってのことです。胸に手を当てて思いめぐらすと、私たちにも心当たりがあるでしょう。また、アブラハムは、アビメレクへの言い訳として、こん...