スキップしてメイン コンテンツに移動

平和の君(イザヤ書9:1~7)


「平和の君」(イザヤ9章1~7節)

 齋藤 五十三 師

昨年からのウクライナの戦争に続き、今年はイスラエルによるガザ侵攻と、暗いニュースが続いています。 数年前までは、まさかこれほどに平和を切実に祈り求める時代が来ようとは、思いもしなかったのではないでしょうか。 ウクライナやパレスチナだけではありません。今や世界中、至る所に地雷が埋まっていて、いつ爆発するのか分からないほどの暗い時代を迎えました。 そんな時代の中で、この朝は皆さんとともにイザヤ書9章を味わいたいと願ったのです。

 

1.     闇、戦いの中に差し込む光

 1節「しかし、苦しみのあったところに闇」、そして2節「闇の中を歩んでいた民」とあることから分かるように、イザヤは、暗い闇の時代を背景にしながら神の言葉を取り次いでいました。 また5節に「戦場で履いたすべての履き物、血にまみれた衣服」とありますので、そこには争いや戦争があったこともすぐに分かるのです。

 イザヤ書9章は、そんな闇と戦乱の時代を背景に語られる回復のメッセージです。預言者イザヤは、そうした回復のメッセージを、苦しみの中にある人々に「神の言葉」として届けていったのでした。

苦しみの様子は、1~5節に垣間見ることができます。

 

1節(読む)

ここに出てくるゼブルン、ナフタリの地は、イスラエルの北部ですが、そのすぐ上にはかつてアッシリアという強い国がありました。そのアッシリアが武力を振るった時に、真っ先に深い痛手を負ったのがこのゼブルンとナフタリの地であったのです。そして、そのナフタリの中に、イエスさまが育ったガリラヤ地方もあったのです。

 そのガリラヤの名前に触れながら、イザヤは言うのです。ゼブルンやナフタリは、真っ先に傷を負ったかもしれない。しかし、そのように傷ついたナフタリの中のガリラヤから、まず栄誉が回復していくのだと。

4-5節を読めばどうでしょう。イスラエルにかつてあった戦乱が一掃される日が来るというのです。しかも驚くべき方法で。 

4-5節(読む)

 イスラエルは小さな国ですので、多くの強い国や民族に囲まれ、度々攻め込まれてきたのですが、旧約聖書の士師記の時代には、ミディアン人と呼ばれる人々がイスラエルを圧迫していました。そんな苦しみから神がイスラエルを救うのですが、その時に神がお用いになったのは、ミディアン人を恐れて身を隠していたギデオンという気弱な青年でした。ですから最初、人々は驚いたのです。まさか、あのギデオンが、ミディアン人から解放してくれるとは!

 そう、そんなミディアンの日のように、神が驚くべき方法で戦いを終わらせるとイザヤは預言をします。驚くべき方法とはなんでしょう。それは一人のみどりご、すなわち幼い男の子の誕生でした。

 

2.     みどりごによって

 6節(読む)

 「ひとりのみどりごが(幼子のことですが)私たちのために」と切り出すイザヤの口調は、「私たち」との繰り返しに現れているように、いささか興奮しています。幼子のうちに希望を見出して興奮しているのですが、果たしてこれをイザヤのように「希望のメッセージ」として受け取った人がどれほどいたのでしょうか。

 一人の赤ちゃん、小さな男の子を見て、ここに希望がある、と知らされた時に、私たちは、アーメン、その通りですと、素直に受け取ることができるでしょうか。

 

 でも、これがクリスマスのメッセージです。これは考えるほどに不思議なメッセージ。飼い葉おけに生まれた小さな男の子を指さし、ここに光と希望があると語る、と言われた時に、私たちは「アーメン」その通り、と果たして素直に応答できるのでしょうか。 イザヤはこのように、不思議なメッセージを語りかけてくる。幼い男の子を指さして、この子を信じなさいと言う、分かりにくいメッセージ。だから、世間では、いともたやすくサンタクロースにクリスマスの主役が奪われてしまっているのかもしれません。赤い衣装でプレゼントを運んでくるサンタさんのメッセージは分かりやすい。私も子どもの頃、信じていましたよ。サンタさんがプレゼントを届けてくれたって。分かりやすい。

 それに対して本当のクリスマスのメッセージは、不思議で理解に苦しむ内容です。でも、その信じがたいメッセージを受け取るようにイザヤは求めるのです。この幼子にこそ希望があり、光がある。一見すると、弱く、力のない存在なのに、この男の子が平和をもたらしてくれる。信じがたいほどに不思議なメッセージ。 だからイザヤは、この幼子のすばらしさを伝えたいと、四つの印象深い呼び名を書き記していくのです。

まずは「不思議な助言者」。英語ではワンダフルカウンセラーですが、この男の子は、不思議な助言者なのだと。

闇の中を歩む人々に的確な助言を行うには、「知恵」が必要です。しかも浅知恵ではいけない。まことの知恵こそが、闇の中を歩む人々の足元を照らし、正しい場所に導いていくのです。しかし、どうしてこの幼子の内に、そのような本物の知恵があると言うのでしょう。 実は、私たちはここに固定観念を捨てることを求められているのです。

 私たちは普通、深い知恵は、長い経験がもたらす、と考えます。でも、六十年近く生きる中、私がこれまで見て来たのは、長い経験が必ずしも「知恵」をもたらすわけではない、ということでした。昨今、日本を騒がしているのは、政権与党自民党のパーティー券購入に伴う裏金問題ですね。表面的に見れば、立派な学歴、経歴の、弁舌も立ち、いかにも賢く見える人たちが、愚かな問題を繰り返す。悲しいですけれど、それがこの国で長い間繰り広げられている政治の風景です。力と経験のある人々が、必ずしも「知恵」を持っているとは限らない。それはイスラエルの王たちも同様でした。イスラエルの歴史を辿れば、その中に知恵深い王が、果たしてどれほどいたのでしょうか。いてもせいぜい三人か四人。

 私たちはこの季節、この不思議な幼子、飼い葉おけに眠る一見弱いお方の前に、へりくだって耳を傾ける必要があるのです。私たちはへりくだらないと、この幼子のような弱い存在の前にひれ伏すことはできません。しかし、へりくだって耳を傾けるなら、本当の知恵を聴くことができる。私たちを生かす知恵を神の言葉として聴くことができるようになるのです。

 

二番目の呼び名は、「力ある神」です。飼い葉おけに眠る幼子を見て、誰がいったい「力ある神」を思うでしょうか。しかし、ここにも逆説があるのです。表面上、権力を握る者に、実は本当の力があるわけではない。この幼子のへりくだりと弱さの中にこそ、私たちを支える力があって、そして、この幼子こそが「神」であったのでした。

 

三つ目の呼び名は「永遠の父」です。幼い男の子を指して「永遠の父」とはミスマッチというか、これもそぐわない呼び名だと思います。なぜ飼い葉おけに眠る幼子を、私たちの父、しかも永遠の父と呼ぶことができるのでしょう。 これは、この幼子が私たちにどのように関わってくださるのかを教えているのです。私たちがこの幼子を信じるならば、幼子は父の愛で私たちを愛し、守ってくださる。しかも「永遠」ですから、その愛には、揺らぐことがないのです。いや、揺るがないどころか、自らを犠牲にし、命をささげるほどに愛し抜く。それがこの幼子の宿す父の愛です。

 私も四人の子どもの父親で、親として子を愛してきたつもりですが、そこには絶えず限界がありました。思い出すのは病気の時です。 

若い時、私は子どもたちに対して厳しい父親であったと思います。気持ちに余裕がなかったのです。台湾の異文化で子どもたちを守り育てようと必死でした。でも、ご承知のように異文化の生活に疲れ、二年目に体も心も病んでしまう。岡山に一時帰国して療養、宣教師を辞めようと苦しんだ時期がありました。 あの頃、子どもたちに向き合い度に申し訳ない思いになりました。自分が父としてこんなにも脆く弱いものであったのかと。あの時期を境目にして、私は大きく変えられたと思っています。

今年の夏頃から私の実の父の事を皆さんにお祈り頂いています。私の父も今、様々な肉体の弱さを覚えて揺らいでいます。子どもの頃は、あんなに大きく見えた父が、会う度ごとに小さくなっていく。

そうです。強く大きく見える存在が、本当に強く揺るぎないとは限らない。そう思うと、本当に不思議です。見た目は弱く小さい幼子なのに、このお方の内には揺るがぬ「父の愛」がある。永遠に続く、揺るがぬ愛です。 

 

最後の呼び名は「平和の君」、英語ではプリンス・オブ・ピース。「プリンス」ですから、平和の王子様です。

この朝開いたイザヤ書9章は、戦乱の時代を背景に語られる希望のメッセージです。それゆえに四つの呼び名の中でも、「平和の君」は、最も印象深い呼び名として私たちの胸に刻まれていきます。このお方こそは平和の君で、7節によれば、その平和は限りなく続いていくという。 しかも、それは不思議な平和です。この幼子は、力による支配で平和をもたらすのではありません。プリンスなのに厩の飼い葉おけに生まれるへりくだり、貧しさ、そのように一見弱さを身に纏うお方が、揺るがぬ平和をもたらし、永遠に続いていくのだと言う。

 これは私たちには想像できない平和でしょう。今や安全保障のため、軍事力増強に世界各国が力を入れる時代です。平和憲法を掲げる日本においてもそうです。そんな今の世の中にとって、平和の君がもたらす平和は理解しがたいのです。 この幼子は、飼い葉おけに生まれただけでなく、生まれ方に相応しい生き方をしていきますね。友なき者の友となり、貧しい人を訪ね、罪人とともに食事をし、最後は十字架に死んでいく。しかし、そのようなへりくだりと弱さから始まった平和が、今やクリスマスのメッセージとして世界中で伝えられているのです。

 「不思議な助言者」「力ある神」「永遠の父」「平和の君」。いずれも不思議な呼び名です。世の中にこんな指導者やリーダーがこれまであったでしょうか。このお方は、決して自分の力を誇示することをしない。しかし、この方には本当の知恵があり、力に富み、揺るがぬ愛と平和がある。 この四つの呼び名を名乗れるのは、ただ、イエス・キリストお一人なのです。

 

3.     幼子を見つめよ

 この四つの呼び名は、不思議な幼子、イエス・キリストへの信頼、信仰を求めていきます。それは世の常識では考えられないこと。何せ相手は幼子ですから、私たちがへりくだらないと、このお方を信じ、礼拝することはできないのです。しかし、私たちもへりくだってこのお方を信頼し、礼拝していくならば、そこには必ず平和が訪れる。

 最初のクリスマスに「平和の君」と出会い礼拝を捧げた人々は、皆、そのようにへりくだった人々でした。マリヤやヨセフ、羊飼いや博士たち、そうした一人一人がへりくだってこの幼子を礼拝しましたね。そして、彼らの心には揺るがない平和が訪れたのでした。そのように私たちもまた、このお方、平和の君を礼拝したいのです。

 

 私には忘れられないクリスマスの思い出があります。あれは台湾で宣教師だった二年目、2005年のクリスマスです。その年の秋から私の心身は不調で、胃が痛み、疲れているのに神経が高ぶって眠れず、拭えぬ不安感の中に日々を過ごしていました。そして12月に入ると、療養のための一時帰国が決まりました。その頃に撮った写真が教団報の「世の光」に出て、友人の牧師が、私のやつれ具合に驚いたそうです。そんな帰国を前にした日々、私たち家族はクリスマスを迎えたのです。クリスマスの夜、台湾の日本語教会のキャンドルサービスに参加しました。クリスマスのキャロルを久しぶりに日本語で歌う中、強張っていた心が次第に穏やかにされていくのを感じました。そして、数か月以来失っていた心の平安を、あの夜、取り戻すことができたのです。疲れているけれど、心に平和が戻って来た。あふれる笑顔は無理だけど、小さな笑顔をひっそりと取り戻し、静かにキャロルを歌ったのです。あれは不思議なクリスマスの礼拝でした。私の家族も気づかなかったかもしれません。

へりくだって、平和の君を信じ、その御言葉に聴いていきたいと願います。そこには必ず平和が訪れる。小さく目立たない平和かもしれない。しかし、誰も奪うことのできない揺るがない平和が訪れるのです。 どうしてそんなことが、そんなことはあり得ないと思われるでしょうか。私たちを愛してやまない万軍の主の熱心がこれを成し遂げるとあります。幼子を礼拝する私たちのうちに、神が必ず平和を与えてくださる。この幼子のうちに平和がある。平和の君を礼拝しながら、まことの揺るがぬ平和を皆さんと待ち望みたいと思います。お祈りしましょう。

 

「わたしは心が柔和でへりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすれば、たましいに安らぎを得ます」。

 天の父なる神さま、平和の君、イエス・キリストを私たちにお与えくださり感謝します。嵐が吹き荒れる時代になりました。そんな時代の中で、私たち一人一人の心に揺るがぬ希望の光を灯してください。私たちの教会を、この地域を、そして世界を照らす灯台としてお用いください。平和の君、イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン。


コメント

このブログの人気の投稿

慰めを待ち望む(ルカの福音書2章21~35節)

「慰めを待ち望む」 ルカの福音書 2 :21~35 21~24節には、律法の習慣(レビ記12:1~8)に従うイエスさまの姿が描かれています。もちろんイエスさまは生後間もない赤ちゃんですから、律法の習慣に従ったのはマリアとヨセフなのですが、実は、イエスさまは律法を制定される側のお方なだということに思いが至るときに、ご自分の制定された律法に自ら従われる姿に、人として歩み始めたイエスさまの覚悟と本気を見る思いです。 まずは、八日目の割礼です。ユダヤ人は生後8日目の男子の赤ちゃんに割礼を施すことが律法で定められていました。割礼は、天地万物を創られた唯一の神を信じる民、「神の民」としての特別な印でした。神さまと特別の約束を交わした民としてのしるしです。そしてこの日に、み使いが両親に告げられた「イエス」という名前を幼子につけたのです。 次に40日の清めの期間が終わったあとの宮詣です。日本でいうお宮参りといったところでしょうか。40日というのも、レビ記にある規定で、女性が男子のあかちゃんを生んだ場合、7日間は、宗教的に汚れているとされて、その後33日間の清めの期間があり、合わせての40日が、その期間となります。(ちなみに女の子の場合は、2週間の汚れた期間を経て、66日間清めの期間を過ごします)この間、母親は隔離されるわけですが、産後のママにとってはありがたい時期です。今みたいに洗濯機や掃除機、炊飯器などがない時代、家事は女性にとって重労働でした。そこから解放されて、自分の体の回復と、新生児のお世話だけしていればいいこの時期は、産後のママにとって必要不可欠な時期だったのです。そして、その期間が明けて、マリアのからだも十分に回復して、 彼らはエルサレム神殿に向かったのでした。 Google マップで検索すると、ベツレヘムからエルサレムまで、距離にして8.9キロ、車で20分の距離です。もちろん当時は車はありませんので、徒歩だと2時間弱というところです。産後の身にとっては、ロバに乗って行ったとしても、決して近いとは言えない距離です。こうして、マリアとヨセフ、小さな赤ちゃんのイエスさまは、エルサレムの神殿に向かったのです。 さて、宮に着くと、律法の規定に基づいて、ささげものをします。ささげものの内容も決まっています。それは、生まれたのが男子であっても女子であっても同じで...

サラの死と埋葬(創世記23:1~20)

「サラの死と埋葬」 創世記12章1~20節   サラが天に召されました。127歳でした。今の私たちの感覚からすると非常に長寿ですが、アブラハムが召されたのは175歳ですから、それを思うと、当時としてはそれほど長寿だとも言えないかもしれません。聖書にはたくさんの女性が登場しますが、亡くなったときの年齢が記されているのは、なんとサラだけだそうです。このことからも、アブラハムだけでなく、サラも聖書の救いの歴史の中で重要な役割を果たしていたことがわかりますね。 サラの生涯は幸せだったでしょうか。いろんなことがありました。夫が神さまから呼ばれたことによって、住み慣れた土地を離れなければなりませんでした。たいていの女性は定住志向ですから、寄留者として生きなければならないことは、サラにとってはつらいことだったことでしょう。時には、いのちの危険があるようなところに寄留することもありました。そんなときには、決まって夫アブラハムは、自分のことを兄だと言ってくれと頼むものですから、彼女は2回もその土地の王に召し抱えられる危機に遭いました。それは、サラの美しさのゆえでした。最近はルッキズムと言って、容姿が美しいことが幸せの条件のように思われています。確かに美しいことで得をすることもあるかもしれませんが、美しさゆえの悩みもあるようです。美しさゆえの誘惑があり、落とし穴があるからです。 けれども、サラの生前の一番の悩みは、やはり子どもがいないことでした。一時は自分で子を産むことをあきらめて、女奴隷ハガルを夫に与えて、彼女によって子をもうけようとしました。けれども、実際に身ごもったハガルを見るのは耐えがたく、ハガルに辛く当たり、彼女が逃げ出すぐらいひどくいじめたのでした。そんな事件があった後、不思議な3人の旅人が来て、「来年の今ごろ、サラに男の子を産む」と告げました。その時サラは、天幕の陰に隠れて、思わず心の中で笑ったのです。ところが神はご真実で、サラは本当に身ごもり、一年後には子どもが与えられました。その時サラは、すでに90歳。しかし、子どもが与えられた喜びに浸る日々もつかの間、今度は女奴隷ハガルの子イシュマエルが邪魔になります。そして、イサクの乳離れの祝いの席で、イシュマエルがイサクをからかったことを機に、夫にイシュマエルを追い出すようにと攻め寄り、とうとう二人を家か...

いのちがけで逃げなさい(創世記19:1~38)

「いのちがけで逃げなさい!」 創世記 19 章 長い聖書朗読になりました。前半のソドムが滅ぼされるところと、後半のロトと娘たちの近親相姦の記事を分けて扱おうとも思いましたが、「いのち」と「滅び」について、神さまの御思いと、人間の思いの落差というカテゴリーでくくれると思い、一気に読むことにしました。 ソドムの町には、み使い二人だけで来たようです。アブラハムが天幕を張っていたヘブロンからソドムまでは、約60キロ。アブラハムのところには、「日の暑いころ」(18:1)に訪れていますから、その後ゆっくりアブラハムのおもてなしを受けたとしたら、夕暮れにソドムに着いたというのはあり得ないのですが、そこはみ使いですから、超自然現象だと理解したいと思います。 み使いたちが到着すると、ロトがソドムの門のところに座っていました。当時は、長老格の人たちが、町の広場や門のところに座り、民を裁いていたと言います。また後に、ソドムの人が、ロトを批判して「こいつはよそ者のくせに、さばきをするのか!」と批判していますので、ロトは、ソドムの町でも知恵と人格において一目おかれていたことをうかがい知ることができます。 またロトは、アブラハムといっしょにいたころの「神の民」として生き方や文化、習慣みたいなものも残っていました。そしてもちろん、堕落したソドムにあっても、創造主なる唯一の神を信じていました。旅人を見ると、アブラハムと同様、立ち上がって彼らを迎え、丁寧にお辞儀をして、「ご主人がた、どうか、このしもべの家に立ち寄り、足を洗って、お泊りください。」と申し出ています。み使いたちが、ソドムを訪れた目的は、神さまのもとに届いた、虐げられている者たちの叫びが本当かどうか見極めるということでしたから、「いや、私たちは広場に泊まろう」と答えたのですが、この町の治安の悪さを知っているからでしょうか、ロトは、「そんなこと言わないでぜひ!」としきりに勧めたので、み使いたちも折れて、ロトの家に泊まることにしました。 しかしその夜、事件は起こりました。ロトの家の周りに、町中の男たちが、若い者から年寄りまで集まって来きたのです。そしてロトの家を取り囲んで叫びます。「今夜おまえのところにやって来た、あの男たちはどこにいるのか。彼らをよく知りたいのだ!」この「知りたい」というのは、何も「お名前は?」「趣...