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エサウ/エドムの歴史(創世記36章)

 


「エサウ/エドムの歴史」

創世記36

 35章までのヤコブ物語がいったん終了します。一癖も二癖もあるヤコブ、波乱万丈の生涯を送ったヤコブでした。それでもヤコブは、アブラハムから始まり、イサクへと引き継がれた祝福の約束の後継者として、旧約聖書の表舞台を歩んできました。この後37章から始まるヨセフ物語もしかりです。ヨセフ物語はこの後、創世記の終わり50章まで続きます。

そんなヤコブ物語とヨセフ物語の間に置かれた36章は、神さまの祝福の約束の裏舞台を歩むエサウの歴史です。もちろん多くの紙面は割かれていませんが、それでも丁寧にエサウから三代目までの家系図がここに描かれています。ここを読む限り、エサウ一族の発展ぶりは目覚ましいものがあります。彼の財産はあまりに多くて、ヤコブ一族と共存できるようなものではありませんでした。そこで、ヤコブが帰還して、父イサクを看取ってから、エサウはカナン地域の南西部にあるセイル山地に住むことになります。住むとは言っても、そこには、先住民族がいました。エサウは彼らと姻戚関係を結び、融合しながら、上手に彼らを利用し、やがては先住民族を滅ぼし、首長の座をエサウの子孫が引き継ぎ、ついには、自分たちから王を立てて、小さな「部族」から「民族」を形成するに至ります。それが、今後何かとイスラエル民族と対立するエドム人となっていくのです。 

聖書には、神が選びの民、イスラエルをどんなに愛し、忍耐をもって導いて来られたかが描かれています。けれども、選びの民ではない人々も、神の愛と祝福から完全に切り離されるということはありませんでした。時として、選びの民よりも祝福されているようにさえ見えます。今もそうですね。神さまは神の子どもたちを特別に愛し、導いてくださっています。けれども、神さまを知らない人にも等しく太陽を登らせ、雨を降らせ、祝福を与えておられます。ですから私たちは、自信を持って、未信者の人にも「神さまはあなたを愛しています!」ということができるのです。神さまの愛は、私たちが思っているよりも大きいのです。

エサウの生涯を振り返ってみましょう。エサウは、人生の大事な選択の時に、神さまの祝福を軽んじ、神のみこころよりも、自分の願いと思いを通してきた人生でした。おなかがすいていたエサウは、一杯の赤い煮豆と引き換えに、長子の権利をヤコブに手放します。いとも簡単に。あっさりと。ヤコブに騙されたと言えばそうなのですが、それ以上に、エサウは、長子の権利ではなく、今おなかを満たすことを選んだのです。結婚のときもそうでした。神さまのみこころはどこにあるのかという視点は、彼にはなかったようです。そして自分の好む女性と結婚します。そして彼の妻たちは、エサウの両親の悩みの種となっていきます。住む場所についても、「神さまの約束の地」ということが、意識されていなかったようです。彼は、豊かな財産を益々増やし、大きく強い民族に発展することしか考えていませんでした。こうして彼は、「神さまの霊的祝福」「神さまの約束の継承」から、自らどんどん離れて、自分で選び、自分でコントロールする人生を歩むのでした。 

創世記33章で、ヤコブとエサウは感動の再会をし、和解します。そして、父イサクが召されたときには、ともに父を葬ることができました。しかしこの後、両者の関係は、徐々に難しくなっていきます。申命記23:7には、「あなたはエドム人を忌み嫌ってはならない。これはあなたの兄弟だからである。」とありますが、「忌み嫌ってはならない」という言葉の背後には、両者の間にある緊張関係が表れています。

また、ダビデの時代にエドム人が登場するのを皆さんご存知でしょうか。ダビデはヤコブの息子ユダの末裔です。まだサウル王が王権を持っており、ダビデがサウル王から命を狙われているときに、ダビデは、ノブの祭司アヒメレクのところに身を寄せ、パンと剣をもらいます。ちょうどそこに居合わせたエドム人ドエグは、このことをサウルに密告して、それが原因で祭司たち85名が惨殺されました。ダビデはこの出来事の後にイスラエルの王になります。そして、この出来事の報いとしてエドム人を滅ぼすことになるのです。

けれども根絶やしというわけではありません。やがて彼らの末裔は、イドマヤ人(ギリシャ語)と呼ばれ、ハスモン朝時代(紀元前2世紀)に強制改宗でユダヤ教徒となりました。皆さんはイドマヤ人と聞くと、思い浮かぶ人物がいるでしょうか。そうです、イエスさまがベツレヘムでお生まれになったときに、2歳以下の子どもを皆殺しにしたあのヘロデ大王です。当時イドマヤ人はユダヤ人から一段低く見られていたために、ヘロデはイドマヤ人であることにコンプレックスを抱いていたと言われています。それがこのような惨事を引き起こしたきっかけの一つになりました。

このように、ヤコブの子孫とエサウの子孫とのいびつな関係は時代を超えて続くのですが、イエスの時代に希望を見ます。イエスさまには12弟子以外に、女性のお弟子さんが複数いたのですが、その中の一人、ヨハンナという人がいます。彼女はなんと、その当時のユダヤの王、ヘロデ・アンティパスの執事クーザの妻だというのです(ルカ8:3)。経済的に恵まれていた彼女は、その財をもって、イエスさまの宣教活動を支えます。それだけではない、ルカの記事によるとヨハンナは、十字架にかけられたイエスさまを最後まで見届け、イエスさまが葬られた三日目に、墓に行き、空っぽの墓を目撃し、そこに現れたみ使いの「あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。」(ルカ24:5-6)とのみ告げを聞き、それを弟子たちに知らせに行くという役割を果たしたのです。

私たちはここに、和解の福音を見ます。ガラテヤ人への手紙3:26‐29「あなたがたはみな、信仰により、キリスト・イエスにあって神の子どもです。キリストにつくバプテスマを受けたあなたがたはみな、キリストを着たのです。ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由人もなく、男と女もありません。あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって一つだからです。あなたがたがキリストのものであれば、アブラハムの子孫であり、約束による相続人なのです」。 そうです。ヤコブの子孫とエサウの子孫の間に続いたわだかまり、歪(いびつ)な関係は、キリストによって解消されました。ヤコブもエサウもアブラハムの子孫。そしてキリストのもの。共に御国を受け継ぐ相続人なのです! 

さて、ここでもう一度、エサウの系図に戻りたいと思います。彼は、ヤコブに祝福を奪い取られたとは言っても、ここ36章に見るエサウ一族の発展は、目を見張るものがあります。結局彼は、ほしい者をすべて手に入れる人生でした。わかりやすい祝福です。私たちはそんな彼の人生を見るときに、「あら、エサウの人生も悪くはないわね」と思うかもしれません。

それに比べて、神の霊的な祝福の後継者ヤコブと彼の子孫はどうでしょうか。エサウが繁栄の一途をたどっている間、ヤコブは、息子たちの不仲が原因で最愛の息子ヨセフを失うという(実際は生きていましたが)、人生の中で最も悲しい、苦しい経験をします。そして、長い飢饉に見舞われ、やがてエジプトに移住して400年という月日を過ごし、そこで奴隷として扱われます。これがエサウの繁栄の時代に並行して、神の祝福を引き継いだ民の歴史です。

けれども、私たちはこの現実に驚く必要はありません。マタイ7:13‐14にはこうあります。「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広く、そこから入って行く者が多いのです。いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いことでしょう。そして、それを見出す者はわずかです。」いのちに至る門は、狭く、その道はとても細い、あまりに狭く、細いので、それを見出す者はわずかだとあります。神の祝福の道は一見地味で、わかりにくいのです。けれども私たちは、霊的な祝福を求める生き方をあきらめてはいけません。目の前の赤い豆の煮物と引き換えに、この霊的な祝福、いのちを売ってはならないのです。

同じくマタイの福音書6章31‐34節にはこんなみことばもあります。「ですから、何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って、心配しなくてよいのです。これらのものはすべて、異邦人が切に求めているものです。あなたがたにこれらのものすべてが必要であることは、あなたがたの天の父が知っておられます。まず神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはすべて、それに加えて与えられます。ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。明日のことは明日が心配します。苦労はその日その日に十分あります。」

忘れてはいけません。私たちが受け継いだ霊的な祝福は、神の子どもとされるという祝福です。私たちは、王の王、主の主であられる父なる神さまの子どもなのです。私たちが父から相続するものは、私たちを満たしてあまりある栄光です。神の国の王子、王女が、何を食べるか、何を飲むか、何を着るかと心配するでしょうか。これらのものは、神さまを知らない人が、必死になって追い求めているものです。私たちがいただいたものは、次元が違うのです。ですから、私たち神の子は、「神の国と神の義」つまり、今日の文脈で言うと「霊的祝福」を求めます。私たちが、霊的な祝福を求めるなら、他のものはすべて、それに加えて与えられるのです。

エサウの人生をうらやましがってはいけません。エサウは、物質的な繁栄を手に入れるために、霊的な祝福を一つ一つ手放していった人生だからです。一杯の煮豆を手に入れて、神の祝福を手放し、自分の好む妻を得て、また神からの祝福を手放し、広大な土地と権力、力を自分のものとし、神の約束の地を手放して来た人生です。

私たちが主から受け継いでいる祝福は、エサウと比べ物にならないぐらい豊かで、私たちを完全に満たすものだからです。それは、本当のいのちであり、御国の相続であり、神の子としての特権です。 私たちは霊的祝福を求める人生を送りましょう。お祈りします。

  天の父なる神さま。人生は小さな選択の積み重ねです。私たちは、目の前の道を選ぶときには、霊的な祝福、神からの祝福を選ぶ人生を送ることができますように。私たちは、霊的な祝福の持つ価値と、栄光から目を離すことがありませんように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン



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