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人生を変える宝との出会い

「人生を変える宝との出会い」 マタイの福音書 13:44 ~ 46 林明信牧師(那覇めぐみ教会)   【はじめに】 天の御国とは何か 人生は変えられる   1.畑とは ・借り物畑の小作人 ・私たちの人生 ・辛さに満ちた畑 2.畑に隠された宝 ・平凡な人生の中に ・宝を見つける(林牧師の証し) ・福音は人生を変える   3.宝を買い取る ・悔い改め    (Ⅱコリント 5:17 ) ・告白        (ローマ 10:10 ) ・神との和解   ( 1 ヨハネ 1:9 )   【結び】 宝との出会い 素晴らしい人生がはじまる その宝を自分のものに

モーセと預言者に聞け

 「モーセと預言者に聞け」 ルカの福音書16:19-31   今日の聖書の個所に登場するラザロと金持ちのお話しを読んでいると、日本の昔話しによく出てくる欲張り爺さんと正直爺さんのおはなしを彷彿とさせます。欲張り爺さんはお金に物を言わせて、贅沢にわがままに生活します。一方正直爺さんは、たいてい貧しくて慎ましくも夫婦仲良くまじめに生きています。そして途中大どんでん返しが起こり、正直爺さんが大判小判を手に入れ、幸せになり、欲張り爺さんは痛い目にあって財産もすっからかんになくなるというお決まりパターンです。けれどもそんな昔話と今日のラザロと金持ちの話が決定的に違うのは、それが人生の途中で起こるのではなく、人生の終わり、死を境にして起こるということです。そうなるともう取り返しがつきません。そんなことにならないように、イエスさまはこのたとえ話を通して、私たちに警告を与えています。私たちは謙虚にこのたとえ話が言わんとしていることに耳を傾けたいと思います。  天の父なる神さま、尊いお名前を賛美します。変わりやすい天候の中、今日も健康が支えられて、あなたを礼拝するために集められましたことを心から感謝します。どうぞしばらくの時、御聖霊がこの会堂に臨在下さり、あなたが私たちに何を語ろうとしていらっしゃるのか心の耳を傾け、従う思いをもって聞くことができますように。語る小さな者を聖霊によって強めてください。主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン  さて、私たちは普段死を意識して生きているでしょうか。さすがに人生も終わりに近づいてくると死を意識せざるを得ないことでしょう。とは言っても昨年の日本人の平均寿命をみなさんご存知でしょうか?女性 87.45 歳、男性 81.41 歳でともに過去最高、そして女性の過半数がなんと 90 歳まで生きているのです。  また以前は死が身近にあったのですが、核家族化が進み、三世代同居の家が少なくなり、また三世代同居をしていたとしても最後は病院で亡くなるというのが普通になっていますので、やはり死は私たちの生活から遠く離れています。辛うじて宗教家だけは死は必ず訪れるのだと警告してきました。一休和尚などは、お正月にこんな句を詠みました。「門松は、冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」しか...

きわみまで愛されて(ヨハネの黙示録3:14~22)

  「極みまで愛されて」 ヨハネの黙示録3:14~22  「極みまで愛されて」と題しましたように、ラオディキア教会にキリストのご愛は豊かに示されています。教会の現状は霊的に裸同然の貧しさで、その信仰の生ぬるさは「吐き出そう」と言われるほどです。そのすべての原因が、「見よ、わたしは戸の外に立って叩く」と告げられるごとくに、救い主を屋外に追い出して自分たちの交わりの外に置き去りにしたままの「キリスト抜き」の信仰生活でした。  そのようなラオディキア教会に、主は霊的に豊かな者となるために「火で精錬された金を、白い衣を、目薬を買いなさい」と奨められます。七つの教会の中で「わたしは、愛する者を」と告げられたのは唯一、このラオディキア教会なのです。その群れに「ともに食事を」と交わりを求められたことに、さらに「わたしとともにわたしの座に着かせよう」と、ご自分の栄光のみ座をラオディキア教会に約束されたことに、ともに主のご愛の真実さ、豊かさを覚えて主の御名を讃えます。 柴田敏彦師

安息日の解放

 「安息日の解放」 ルカの福音書 13:10~17   マタイ、マルコ、ルカの福音書は共観福音書と言って、イエスさまが地上でなされた業や話されたことなどが書かれています。それらには共通するエピソードが多くあるのですが、今日のエピソードはルカ独自のものです。また他の福音書にも安息日にまつわる論争はいくつかあるのですが、今日のテーマ「解放」が主題になっているのは、この個所だけなのです。いろいろと特別な個所なので、注意深く読み進めて行きたいと思います。   10 節、「イエスは安息日に、ある会堂で教えておられた。」 この時の安息日はまだ土曜日でした。正確には金曜日の日没から土曜日の日没までです。今のキリスト教では日曜日ですね。イエスさまの復活を記念して私たちクリスチャンは、日曜日を安息日として、仕事を休み、こうして教会に来て礼拝しています。十戒の第四戒は、「安息日を覚えてこれを聖とせよ」ですから、聖書を規範として生きる私たちにとっては「安息日を守る」というのは大事な戒めです。コロナのせいで、一時期は会堂での礼拝が休止され、自宅での家庭礼拝に切り替えたこともありましたが、それでも日曜日は安息日、礼拝の日という認識は変わりません。安息日は大事に守られるべきです。  けれども当時の人々には逆の問題がありました。十戒を真剣に守ろうとするあまり、安息日の本質、目的が忘れ去られ、安息日に関する細かい規定が独り歩きし始めたのです。その禁止事項は多岐に及んでいます。例えば、「種を蒔くこと」「収穫すること」「脱穀すること」「ふるいにかけること」「縄を結び、結び目を作ること」「文字は2文字以上書いてはいけない」「安息日に出歩くことのできる距離は1Kmまで。」などです。ユダヤ教では39の禁止事項にそれぞれ6つの細かい規定があり、39×6で234もの禁止事項があるらしいです。とにかくこんな背景があることを覚えておいてください。   11 節「すると、そこに十八年も病の霊につかれ、腰が曲がって、全く伸ばすことができない女の人がいた。」 この女性に関する情報は 16 節にもあります。 16 節「この人はアブラハムの娘です。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。」 この女性はアブラハムの娘とありますから、ユダヤ人、...

神に対して富む

 「神に対して富む」 ルカの福音書 12:13-21   父が60代の頃、ネフローゼで長く入院していました。その時にテレビの点数の入ったカードをもって洗面所に行き、そこにカードを置き忘れてきてしまったことがありました。部屋に戻ってカードを忘れたことに気が付いた父は、慌てて洗面所に取りに行きました。すると置いたはずのところにはもうなくなっていたのです。盗まれました。父は残念がりましたが、こんなことを言っていたのを今でも忘れることができません。「ばかだな、わずかばかりに入っていた点数を盗んで、得したと思っているんだろうか。その分心が貧しくなっているのがわからないのかな…。」  今日の説教は「神に対して富む」というタイトルです。「神に対して富む」とはどういうことなのか、逆に「神に対して貧しい」とはどういうことなのか、父の言ったことがヒントになるような気がしたので、まずご紹介しました。お祈りします。   私たちの天の父なる神さま、御名を崇めます。御国が来ますように。みこころがなりますように。私たちはこれからみことばに聞きます。どうぞ心を整え、開かれた心をもってみことばに聞き、悟り、あなたのお取り扱いに身をゆだねることができますように。イエスさまの御名によってお祈りします。アーメン    イエスさまは12章のはじめのところで、スズメの価値、人の価値について話し、その後法廷での弁明のことを話されます。おそらくそれに触発されたのでしょう、一人の人が急にイエスさまの話しをさえぎるように言いました。 「先生。遺産を私と分けるように、私の兄弟に言ってください。」 ところがイエスさまは一見冷たく突き放すように言いました。 「いったいだれが、わたしをあなたがたの裁判官や調停人に任命したのですか。」 「先生」という呼びかけは、「ラビ」という意味です。確かにユダヤの伝統として、ラビは地域社会の民事訴訟を扱っていました。それこそ裁判官や調停人の役割りを果たしていたのです。ですからこの唐突な相談も突拍子もないことではないのかもしれません。もちろんイエスさまは、ラビのように聖書を教えていましたし、霊的な指導者でもありました。けれどもイエスさまはもっと大事な使命を帯びていらっしゃる神のみ子、救い主なのです。そして今は十字架の救い...

弟子の喜び、主の喜び

 「弟子の喜び、主の喜び」 ルカの福音書10:17~24   天の父なる神さま、尊いお名前を心から賛美致します。今日も礼拝の場に私たちを招いて下さり、聖書のみことばに聞く幸いが与えられていますことを心から感謝致します。しばらくの時あなたのみことばに集中させてください。そして心を開いて、与えられたみことばに従うことができますように。どうぞご聖霊が豊かに働いてください。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン イエスさまは、 9 章のはじめでまず、 12 弟子を派遣しました。彼らに悪霊を制し、病気を癒す力と権威を授けて近隣の町々に遣わしています。そして 10 章のはじめで、今度は 72 人を選んで派遣しました。イエスさまが行くつもりのすべての場所に、先に二人一組にして遣わされたのです。彼らを送り出す際には、「わたしがあなたがたを遣わすのは、狼の中に小羊を送り出すようなもです」といろいろと忠告したのですが、いざ彼らが出て行ってみると、意外と人々の反応が良かったようです。またもっと驚いたのは自分たちがイエスさまの御名を用いて祈ると、悪霊どもがそれに従ったことです。悪霊に憑かれている人に「主イエス・キリストの御名によって命じる。悪霊よ、出ていけ!」と言うと、その人達は正気に戻りました。イエスさまがそういうことをされるのは何度も見たことがありました。けれども、自分たちも同じことができるなんて、思ってもみなかったのです。彼らは喜び勇んで帰って来ました。 10:17 b「主よ。あなたの御名を用いると、悪霊どもでさえ私たちに服従します。」   するとイエスさまは弟子たちと一緒に喜んで下さり、その労をねぎらって言われました。 10:18 サタンが稲妻のように天から落ちるのを、わたしは見ました。 10:19 確かにわたしはあなたがたに、蛇やサソリを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けました。ですから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」   イエスさまが地上に来られたということは、サタンから地上での支配権を奪い返したことを意味します。もちろんそれまでも全ては神さまのご支配の中にありました。けれども神さまは(言い方が難しいのですが)、地上で権力を振るうことを控えておられます。...

神の国の喜び(マタイの福音書6:33)廣瀬薫師

  献堂15周年記念礼拝 聖 書:マタイの福音書  6 : 33 説教題:「神の国の喜び」     ~羽仁もと子や賀川豊彦から教えられること~  講 師:廣瀬 薫 師 「神の国の喜び」 マタイの福音書6章33節 新型コロナ禍は私たちにとって、礼拝や教会の本質実現を工夫する時となった。   (1)「神の国」が鍵 イエス様の教えの中心テーマ。「神の国」を掲げて活躍した日本人2人を紹介する。 「全ての人が活かされて 共に喜んでいる 平和な世界」。今の世界はそうではないのが問題。   (2)「神の国」と「キリスト教世界観」 ①創造 ②堕罪 ③回復 ④完成 全てが活かされて行く全過程が「神の国」。   (3)「神の国」運動の賀川豊彦 「 21 世紀の日本をグランドデザインした男」 旧農協マーク。日本は福音の種蒔きが行き渡った国。 賀川の多方面の働きを「神の国」の働きと理解すると、私たちの人生の意味が良く分かる。   (4)「神の国」に生きるエネルギー源を持つ 熱源があれば出来る。熱源が無いと、枯渇し疲れ出来なくなる。 羽仁もと子の生活習慣「朝起きて 聖書を読み 昼は疲れるまで働き 夜は祈りて眠る」   (結)今、教会を拠点に、全てを活かす命を広げ、「神の国」の喜びを広げよう。